シナリオ編<オマケ2>「ボツシナリオ(2)ことばなし」 第47回ウォーターフェニックス的「ノベルゲーム」のつくりかた

第47回 シナリオ編<オマケ2>「ボツシナリオ(2)ことばなし」
執筆者:企画担当 ケイ茶


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他の会社さんや、個人のクリエイターがどうやってノベルゲームを作っているのかはわかりません。
ここに書かれているのは、あくまで私達「ウォーターフェニックス」的ノベルゲームのつくりかたです。


ケイ茶です。
今回もまずはボツシナリオを掲載します。

◆ボツシナリオを公開!~ことばなし~


@僕
「あああ、あ、あれ? ええっと……」

どこだここ。なんだここ。なんだこれ。

なんかよくわからない。わからないけど、僕はいつの間にか、わけのわからない場所にいた。

なにこれ。なんだここ。なんだろ。なんだろ。

よくわからなくてハテナな気分なまま、とりあえずきょろきょろと周りを見てみる。

@僕
「……あ、あ。ああ」

なんか、知らない人が近付いてくる。女の子だ。知らない人だ。

どうしよう。逃げた方がいいのかな。それとも、話しかけた方がいいのかな。

あっ。危ない人なのかな。そうかもしれない。

どうしよう。どうしよう。

@女の子
「……」

僕が目をパチパチさせて迷ってると、女の子が止まった。僕の前。

なんだろ。なんか、僕をじーっと見てる。

……。

うぅ、気まずい。

なんだろ。なにかあるのかな。

@女の子
「ねぇ、貴方」

うわぁ。まだ、じろじろ見てくる……。

@女の子
「ねぇ、ちょっと貴方」

@僕
「ひぃぁっ!」

うわっ。なんか、肩をぐわぁってされた! ガシッてされた!

@女の子
「……ねぇ。話しかけてるんだから、返事くらいして」

@僕
「え? あ、あ、あの、も、もしかして……僕の事?」

@女の子
「貴方の他に誰もいないでしょ」

@僕
「え? 他に、誰もいないの?」

「……君も、いるよね?」

あれっ。この女の子は、ここにはいないの?

えっ? えっ? どういう事?

@女の子
「……たしかに私もここにいるけれど。自分で、自分に話しかけるわけがないでしょ」

@僕
「あ。あー……そっか。うん。そっかそっか」

そういえば、そういうものなのかもしれない。うん。

@女の子
「それで? 貴方、なんでこんなところにいるの?」

@僕
「こんなところって?」

@女の子
「この場所。貴方が、ここにいる理由」

@僕
「ええっと……あれだよ。あれ」

「これは……えーっと、そう。わかんない!」

「なんかぶわーって光があって、眩しいなって思ってたら、ここにいた」

@女の子
「そう。貴方はわからないうちにここに来ていた、と」

「だったらその、光が広がる直前は、何をしていたの?」

えーっと。前っていうと……。

@僕
「パリーンって、皿を割ってた!」

@女の子
「……割っていた?」

@僕
「……あっ。違った。キュルキュルっと、皿を洗ってた!」

@女の子
「ふーん。お皿を洗おうとして、割ってしまったってところかしら」

「それならもしかして……その事で、誰かに酷い言葉を言われたの?」

@僕
「あ……」

「……うん。そういえば、そうなんだ」

そうだそうだ。思い出した。

「お前は馬鹿で、屑だ! って言われた」

「ひどいよね。僕は皿を5枚……あれ? 6枚? いや、10枚? 割っただけなのに」

「佐藤……じゃなかった、伊藤? 加藤? だったかな。とにかく、そんな人が、すっごく怒ってきたんだよ」

「すっごく怖かった」

@女の子
「へぇ。だったら、その加藤か佐藤という人は良い目をしているみたいね」

「たしかに貴方は『馬鹿』で、『屑』だもの」

@僕
「……え?」

@女の子
「でも、それだけではないわ」

「貴方は『哀しみ』に満ち、『絶望』を抱き、『諦め』を『瞳』に混じえて、薄汚れた『陰気』を背負っている」

@僕
「えっ。えっ。えっ」

@女の子
「更に、『嫉妬』と『怒り』、『欲望』、『執着』、『羞恥』、『怠惰』を『心』に秘めて、『愚鈍』と『間抜け』を持っている」

「そして全身が『不潔』で覆われて。『ゴミのような存在』だと『顔』に書いてある」

「まだ、大雑把にしか見ていないけれど……どうやら、貴方のどこにも、『価値』が存在していないようね」

……なんだろ、この人。

いきなりこんな事言うなんて、ひどいよ。

@僕
「うっ。うぅ……」

@女の子
「あら?」

「『目』から『水』が溢れて、『涙』になったわ」

「貴方、泣いているのね」

@僕
「ひっ、く……。だ、だってっ、君が、ひどい事を言うから……っ」

@女の子
「ひどい事?」

「私はただ、貴方を構成しているものがなんなのかという事実を言っただけ」

@僕
「そ、そんなっ、言い方って……」

@女の子
「……今度は、『怒り』が『手』にうつって震えている」

「もしかして、怒っているの?」

@僕
「あ、あああ、当たり前、だよ!」

「な、んで、いきなり会ったばかりの、人にっ……こんな風に言われなきゃいけないんだ!」

そうだそうだ。だって、ここ、どこかもわからない!

僕はなんでこんなところにいるのかも、この人が誰なのかもわからない!

なのに、なんでなんでなんで。

@僕
「わああああ!」

@女の子
「ちょっ、ちょっと。痛い。痛いから、殴らないで!」

@僕
「ぼ、僕をっ! 馬鹿にするなぁあ!」

むかむかする! いらいらする!

殴るなって言われたって、そんなのしらない!

@女の子
「だから、やめなさいって……あぁ、もう!」

@僕
「わあああ!」

@女の子
「……はぁ。これじゃ、話が通じないわね」

「仕方ないから、今は一時的に……」

@僕
「えっ!?」

な、なになに?

女の子が、こっちに手を伸ばしてきて……うわぁっ!

なんか、よくわかんない。

わかんないけど、何かされてる!

@僕
「わぁ! わぁわぁ!」

「何するんだ! いやだ! やめろぉ!」

@女の子
「落ち着いて。怖いことなんて何もしていないわ」

「ただ、こうして……ほら」

「一旦、『怒り』を取り払ってあげるだけ」

@僕
「あれ。……えっ?」

「なにそれ」

いつの間にか、女の子が『怒り』って文字を持ってる。なにあれ。

@女の子
「これは、貴方の『心』の中にあったもの」

@僕
「えっ。えっ?」

なにそれなにそれ。どういう事?

@女の子
「『頭』に『疑問』が湧いてきたいるようだけれど……今のままの貴方だと、説明しても理解してもらえそうにないわね」

「だから」

「貴方はとりあえず、これでも抱いていて」

@僕
「えっ、なにこれ?」

ずい、と変なものを渡された。

これは……これも、文字? ええっと?

@女の子
「『眠り』よ」

「私の発言により――発現なさい」

あれ。

なんか、急に、眠くなって……。

……。

;▲

ふと瞼を押し上げると、見覚えのない天井が視界に入った。

そのまま周囲を探ろうと、地面に手をつきながら上半身を起こす。

すると、すぐ近くに彼女の姿があった。

@女の子
「おはよう」

「改めて、自己紹介をするわ。私は○○○」

@僕
「……」

普通の顔をして僕に話しかけてくるけれど、それに反応していいんだろうか。

彼女が近付いてきたら、僕は眠気に襲われた――そしておそらく、実際に眠ってしまった。

その事を考えると、麻酔薬の類の物を使われたという可能性がある。

そもそも、ここには僕の他に彼女しかいないんだから、彼女が僕をこんな場所に連れてきたと考えるのが妥当だ。

つまり、誘拐犯。

だったら、この場は警戒して――。

@○○○
「ちょっと。『警戒心』なんて抱かないで」

「私は別に、貴方に危害を加えるつもりなんてないわ」

@僕
「……」

@○○○
「何かするつもりなら、貴方が眠っている間に、手足の拘束でもしていたはずでしょう?」

溜め息を吐きながら言われるけれど、僕はそんな事で騙されたりはしない。

信用してと言う人ほど、信用できないものはないんだ。

拘束をしなかったのは、そう言って僕を安心させるために決まっている。

たとえ手足を縛らなくても、この部屋の鍵をかけておくとか、拳銃を突きつけるとか。僕の動きを封じてここに閉じ込めておく方法は、いくらでもあるんだから。

@○○○
「そんなに睨まないで」

@僕
「……」

@○○○
「……失敗したわ。『眠り』を取り払う前に、その『警戒心』や『疑念』も取っておくべきだったのね」

「まぁ、今悔やんでも仕方がない事ね」

「とりあえず、『頭』に『疑問』をいっぱい詰めている貴方に、説明だけしておいてあげる」

説明……。僕を誘拐した目的、という事なのかな。

一度唾を飲み込んで、○○○の言葉の続きを待つ。

@○○○
「貴方は私の事を誘拐犯だとでも思っているのでしょうけれど、それは勘違いよ」

@僕
「……君じゃないなら、一体誰が、僕をここに連れてきたっていうの?」

@○○○
「誰が、という話ではないの」

「貴方のように汚れてしまった存在は、ここに来る。ただ、そう決まっているだけ」

@僕
「僕が……汚れている、って?」

@○○○
「そう。『貴方』の『体』も、そして『心』も。くすんで、錆び付いて、ひび割れている」

「それがある程度綺麗になるまでは、この世界から出る事ができないわ」

@僕
「……」

なんなんだこの人は。

僕を汚れていると断言して、その汚れを落とすという無茶苦茶な名目で、監禁するつもりなのか。

体はともかく、心が綺麗になるってどういう事なんだろう。

何を綺麗と言うかなんて、そんなものは人によって違うじゃないか。

洗脳でもするつもりなんだろうか。

@○○○
「……ハァ。貴方の『警戒心』は、膨らんでいく一方ね」

「とにかく、悪いようにはしない」

「私はただ、貴方を構成している言葉を綺麗にしていきたいだけで――、っ」

突然、彼女が立ち上がった。

かと思えば、それとほぼ間をおかず、どこからか音がした。

徐々に大きくなるそれは、こちらに向かって近付いて来ているらしい。けれど人間や、犬や猫といった動物の足音とは違う。

ぬめりけのある何かが、ゆっくりと地面を這っているかのような、粘着質な音だ。

@僕
「……な、なに? この音……」

@○○○
「ごめんなさい。今はあちらへの対処が先だから。話は、また後で」

「貴方は下がって、静かにしていて」

@僕
「ま、待ってよ!」

「あちらって、何? 何が近付いて来ているの?」

@○○○
「貴方と同じように、汚れてしまったもの」

@僕
「だから、それって具体的になんなの!?」

@○○○
「そうね。具体的に言うのなら――『敵』よ」

@僕
「……敵、だって?」

こんな説明、全然具体的じゃない。抽象的だ。

@僕
「ねぇ、もっとしっかり教えてよ!」

「なんなの? これも僕を騙すための策略なの?」

「僕を混乱させて、正常な判断ができないようにさせてしまおう、って考えているの?」

「それとも」

@○○○
「いいから、静かにして」

「もう……来たわ」

@僕
「え……」

「来たって、あれは……えっ?」

「敵……?」

……。

ああ。たしかに。具体的だ。間違っていない。

彼女の言うとおりだった。これは、敵だ。

『敵』という文字が、視線の先でうごめいている。

まるで、生きているみたいだ。息遣いを感じる。

@僕
「なに……あれ」

@○○○
「うん。貴方の汚れはそんなにひどくないわ」

「さぁ、おいで」

呆然とする僕の前で、○○○が両手を広げる。

その瞬間――『敵』が、彼女に飛びかかった。

@○○○
「ッ、く……!」

『敵』を全身で受け止めた彼女の体が、大きく揺れる。

って、あれ?

彼女の方から、何かがこぼれ落ちた。

あれは……あれも、文字だ。

『親指』という文字だけど……なんだろう。

@○○○
「くっ……。落ち着きなさい」

『敵』が彼女の腕の中で暴れ続ける。

するとまた、○○○の体から何かが落ちた。今度は……『爪』それから、『手』?

さっきから、体の部位に関する文字ばかりだけど……。

なんなんだ、と。そう思いつつ改めて彼女を見て、目を瞠る。

@○○○
「あぁもう、これじゃ抑えられないじゃない」

手が……ない。

いつの間にか、彼女の右手がなくなっている。腕は残っているのに、その先が、ぽっかりと。

筋肉や骨が見えるわけでもなく、血が流れているわけでもなく。

その場所に元から手がなかったかのように、腕の先が皮膚で覆われている。

@僕
「あ……。なに、これ」

唇を戦慄かせながら、僕はまた、床に転がった文字を見る。

『爪』『親指』『手』

それを眺めている間に、また新たに『目』という文字が転がった。

ハッとして彼女の方を見ると、今度は左目がなくなっていた。

目があったはずのその部分も、やはり元からなにもなかったかのように、つるりとした肌が残っているだけだ。

@僕
「なに……? なんなの、これ」

何が起きているのか、理解が追いつかない。

戸惑ってばかりいる僕とは対照的に、視界にうつる○○○は平然としていた。

左目がなくなった事も、右手が消えている事も構わずに。右の腕と、左手を使って、相変わらず『敵』という文字を抱きしめている。

そして、何かをひたすら囁いていた。

@○○○
「大丈夫。不安にならないで。胸を張って」

@敵
「……」

@○○○
「貴方は雄大で、生命の源とも言われるわ」

「とても綺麗で澄んでいて、いつでも耳に心地よい波音を聞かせてくれる」

「凪いでいたかと思えば急に荒々しくなったり、気まぐれな部分もあるけれど。それもまた、貴方の魅力の1つよ」

『敵』が、またうごめいた。

○○○の体から、また何かの文字が落ちた。

それでも彼女は、言葉を放ち続ける。

@○○○
「皆、貴方に様々な言葉を投げかけて……いえ、一方的に投げつけてくるかもしれない」

「けれどそれは、貴方に親しみを持っているからなの」

「貴方がどこまでも広く、大きく、常にそこにいてくれるから、つい頼りたくなってしまうのよ」

@敵
「……」

よく見ると、彼女が言葉をかける度に、『敵』の抵抗は弱まっているようだった。

彼女の体から、文字が飛び出す回数が減っている。

@○○○
「怒らないで。怖がらないで。落ち込まないで」

「貴方の中には、『水』や『魚』など、数え切れない程の存在があるでしょう?」

「貴方は、そんなに悲観しなくてもいい。自分を蔑んだり、駄目だと思わなくていい」

@敵
「……」

○○○の声に呼応するように。その穏やかな呼吸に合わせるように。

『敵』の動きが緩み、落ち着いて……。そして。

@○○○
「貴方という存在も。そして貴方のその響きも、とても……美しいわ」

彼女がそう告げた時、『敵』が光に包まれた。

@僕
「わっ……」

眩しいとさえ感じるその光の強さに、一瞬、目をつぶる。

次に目を開けた時、そこに『敵』という文字はなかった。

かわりに。

@僕
「『海』……?」

その文字が、落ちている。

@○○○
「そう。これが、さっきの『敵』の本来の形」

「海。海。……うん。とても綺麗な響きね」

彼女は呟きながら、さっきこぼれ落ちた『目』を拾った。

するとそのまま、何の戸惑いもなく自分の顔――目があった位置に押し付ける。と。

@僕
「え……もど、った?」

また、そこに目が現れた。

今度は、さっきまで目がなかった事の方が嘘のように、綺麗に目がはまっている。

同じようにして手や親指、爪も元通りになっていき、1分も経たないうちに、彼女は元通りの『彼女』としてそこに立っていた。

@○○○
「ふぅ。これで全部ね」

「さて。落ち着いたから、話の続きをしましょうか」

@僕
「あ……」

僕に向けられる、左目。それはさっき無かったものだ。

@○○○
「あら?」

僕に伸ばされる右手。それもさっき、なくなっていたものだ。

それなのに、今はある。おかしい。

いや、そもそもあんな簡単に目や手がなくなっていた事だっておかしかった。

彼女の言動だっておかしい。さっきの『敵』という文字だっておかしい。

おかしい事だらけだ。

これはやはり、彼女の策略に違いない。

@○○○
「貴方……」

「さっきまで奥に引っ込んでいたのに、また、『警戒心』が顔を出してしまったのね」

「話の途中で放置してしまったのは私が悪かったけれど、そう警戒ばかりしないで」

「あまり睨まれると、悲しいから」

@僕
「う、うるさい! そんな顔をしたって、僕は騙されないよ」

@○○○
「騙す?」

@僕
「わかっているんだからね。君はさっきからおかしな出来事ばかりを見せて、僕の中の常識を壊そうとしているんだ」

「僕を誘拐し、監禁しているという事実から目を背けさせようとしているんだ!」

他の事に意識を引きつけておいて、根本の問題を忘れさせてしまう。詐欺でも、よくある手口だ。

@○○○
「……だから、私は誘拐なんてしないないと言ったでしょ」

「それに、監禁もしていないわ」

「出て行きたければ、好きに出て行って」

@僕
「……逃げて、いいってこと?」

@○○○
「えぇ、どうぞ」

「むしろ、私としてはさっさと出て行ってほしいわ」

@僕
「……」

一体、どういうつもりなんだろう。

これも彼女の策略なんだろうか。

@○○○
「貴方が汚れていないというのなら、すぐに、ここから出る事ができるはず」

「出口はあっち。そこの扉を抜けたら、まっすぐ左に進めばいい」

@僕
「左……」

淡々と告げられるこの言葉も、どこまで信じられるものか。

まっすぐ左と言っていても、本当の出口は右かもしれない。

いや、本当に左に出口があったとしても、その道中に罠でも仕掛けられているのかもしれない。

それとも、それとも。

考えれば、いくらでも可能性が湧き上がってくる。

@○○○
「ただ、一つだけ注意して」

「ここは『建物』の中だから感知されないけれど、外に出たらそうもいかないわ」

「あまり、感情を出しすぎないようにして」

@僕
「……なにそれ」

わけのわからない事ばかり言って、今度は感情を出すな、だって? 

それはどういう意図があるんだろう。

なぜそんな事を言うのか気になりはするけれど、訊ねてもまた、意味不明な嘘を吐いてくるに違いない。

今はとにかくここから出よう。

これ以上、こんなわけのわからない相手と接していたくない。

だから、僕は一度深呼吸をすると、

@僕
「……っ」

○○○の横をすり抜けて、部屋の扉に向かって走った。

;▲

背後で扉の閉まる音がした。

すぐ近くから聞こえてくるはずのその音は、しかし、今はひどく遠くのものに感じられる。

なぜなら、目の前に広がるのは、そんな音なんてどうでもいいと感じるような光景だからだ。

@僕
「なに、これ……」

空が、黒で覆われている。そして見渡す限りに見えるのは、文字。

地面が全部、文字で埋め尽くされていた。

文字。文字。文字。僕が出てきたこの建物以外には、とにかく言葉しかない。

@僕
「『山』『空』『明日』『朝』『卵』『洗剤』……」

思わず目に付いた文字を口にして、慌てて首を振る。

ダメだダメだ。こんな事を気にしていたら、○○○の思う壺だ。

惑わされていないで、とにかく左に行ってみよう。

左に行ってみて、何もなかったら他の出口を探せばいい。

そう考えて、敷き詰められた文字の上を走り出す。

時折、文字に足を取られながらも移動して、多分数分。

あまり間をおかず、それが見えた。

;▲

@僕
「……外だ!」

ぽっかりと開いた空間。そこに、見慣れた景色が見える。

あれは僕が毎日通う路地。あそこは、僕が前までいた孤児院で、あっちはバイト先に向かう道だ。

……ああ、良かった。そんなに遠くに連れてこられたわけじゃなかったんだ。

これなら、すぐに家へ帰る事ができる。

そう思って、外に向かって歩き出し――。

@僕
「うわっ!」

……何かに、阻まれた。

@僕
「なに? ……どういう事?」

間に、ガラスなどの何かがあるようには感じられない。

なのに、隔たれている。

@僕
「さっきから……なんなの?」

「僕は帰る。こんな、わけのわからないところからは出るんだ!」

こんなところに居たくない。だから、早く出なきゃ。

そう何度も足を動かすけれど、やっぱり何かに阻まれてしまうだけだ。

手も、指も、爪の先すらもだめだった。

@僕
「本当に、なんなのさ……」

見える景色に手を伸ばす。でも、何かに当たる。

こんな事は初めて経験するはずなのに、なぜか、この感覚には覚えがあった。

@僕
「これは……」

弾かれる。

見えるその景色に。見慣れた場所に。近付きたいのに、近付く事ができない。

むしろ、そう思えば思うほどに遠ざかっているような気がする。

@僕
「……ああ、そうか」

……そうだ。この感覚を、僕は知っている。

これまでにも、数え切れないほど感じた、あれだ。

;▲

@誰か
「ちょっと。それ以上、近寄らないで」

@僕
「え……っ?」

「ど、どどど、どういう、事?」

@誰か
「はぁ? わかんないの?」

「気持ち悪いから、近寄らないでって言ってるの」

「アンタを見てるだけで、吐きそうになるって事」

@僕
「あ……あ。うん。そう、なんだ」

@誰か
「わかったら近づかないで。っていうか見ないで。喋らないで」

「息、しないでよ」

;▲
@誰か
「お前ってさぁ、なんで生きてるの?」

@僕
「えっ?」

@誰か
「お前はクズだし、ノロマで頭が悪いしさ。生きてる価値ないだろ」

「なんで死なねぇの?」

@僕
「そそそ、それ、は、あの。えっと……」

「わ、わかんない。わかんないけど、あの、なんだろ。あ、えと」

@誰か
「あぁ、もういい。お前はこんな事もわかんねぇのか」

「あのな。つまり俺は、死ねって言ってんだよ」

@僕
「えっ?」

@誰か
「お前、邪魔だから。お前が生きていると、俺らが迷惑するんだっての」

「だから死ねよ。明日。いや、今すぐ。ここから飛び降りろよ。なぁ。おい、聞いてんだろ」

@僕
「あ。えっと、あの、その……」

@誰か
「いいから早く死ねよ、このクズ!」

;▲

@誰か
「君って、あんまり見ないタイプの人だよね。その……ちょっと変わってる、っていうか」

「何か、いろんなものがちょっとずつ抜けてる感じ」

@僕
「そ……そう、かな。そんな事、ないよ。ない、ないって。ないよ。うん」

@誰か
「あぁ、そう。自覚すらないんだね」

「……頭、おかしいのに」

@僕
「えっ? 今、何か言った?」

@誰か
「ううん。何でもないよ」

@僕
「えっ? えっ? 今、何か言ったよね」

「ねぇ、なんて言ったの? おしえてよ。早く、教えてったら!」

@誰か
「ほら、そうやってすぐに怒る」

「やっぱり変わってるよね」

「……君と話すと、すごく疲れる」
;▲

……そうだ。ずっと、そうだった。

みんな、僕を拒絶した。

僕が掴んだら振り払われた。手を伸ばしたら叩かれた。

近付いたら避けられて、目を向けたら睨まれて、声をかけたら唾を吐かれた。

そうして何もしないでいたら、邪魔だと言われた。存在しているのが迷惑だと、跳ね除けられた。

動物には手を噛まれて、引っ掻かれて、踏みつけられて。孤児院も、学校も、バイト先も、何もかもが僕を受け入れてはくれなかった。

僕はその場所にいてはならない、異物なんだと教えてきた。

今感じるのは、それと同じ類のものだ。

きっと、何かに拒絶されているから、僕は見慣れた景色の中に戻る事ができないんだ。

でも……そうだとしたら、今、僕は何に拒絶されているんだろう。

@僕
「……家に帰らせて」

家が僕を拒絶しているんだろうか。

――多分、違う。

@僕
「僕の街に、行かせて」

街が僕を拒絶しているんだろうか。

それも多分、違う。

何度も拒絶されてきたから、この感覚だけは敏感になった。

だから、わかりたくなくてもわかってしまう。

きっと、僕はこの景色に――僕が生きてきた世界にさえも拒絶されたんだ。

@僕
「あ……あ、あ」

だって、見えるのに行けない。いつもの景色がすぐそこにあるのに、触れる事ができない。

そこに足を踏み出す事ができない。

だからきっと、こんなわけのわからない場所にいるんだ。

さっきも、言われた。

@○○○
「たしかに貴方は『馬鹿』で、『屑』だもの」

「貴方のように汚れてしまった存在は、ここに来る」

僕は……汚れている?

だから、世界からも嫌われた、って事?

もしも、本当にそうだとしたら……僕は、これからどうなるの?

@僕
「あ、あ、あ……」

すべてから受け入れてもらえなかったら、僕は、どこにいればいいの?

わからない。

……怖い。

そう思った瞬間、

@僕
「えっ……?」

ふと、足元が揺れた。

@僕
「地震……?」

はじめは小さかったその揺れが、徐々に大きくなっていく。

@僕
「違う。これは、地面が揺れているというよりも……」

嫌な感じがする。

足の下で何かが動いている。何か、出てこようとしている。

得体の知れないそれが怖くて、目をつぶった。

@僕
「……っ」

すると、体に衝撃が走る。

胸を打ち抜かれたような、痛みとも苦しみともとれない感覚がして、一瞬、息が詰まった。

思わず目を見開くと、僕の胸にのめり込む、その姿が見えた。

@僕
「え……っ」

「『恐怖』……?」

『恐怖』だ。その文字が、僕の体に突き刺さっている。

「な、にこれっ。なに、なんなの……!?」

すぐにその文字を掴んで、抜き去ろうとした。

けれどそんな抵抗は意味をなさずに、文字はずぶずぶと僕の体の中に入り込んでいく。

そして完全に文字が埋め込まれた瞬間、

@僕
「あ、あぁ……っ!」

体が震えた。

――怖い。

さっきまでよりも強い、恐怖を感じる。体に力が入らない。

それでも、震える足でなんとか立っていると、また、足の下が大きく揺れた。周囲がざわめく。

そして――また、それが出た。

@僕
「あ、あ……っ」

『恐怖』だ。

いくつもの『恐怖』が、また、出てきた。

@僕
「く、来るなぁっ!」

僕は走った。けれど、『恐怖』は僕を追ってくる。

@僕
「嫌だ、あ……っ!」

そうしてすぐに、追いつかれてしまった。さっきと同じように、『恐怖』が僕の中に入ってくる。

@僕
「あ、あぁっ、あ、あ、嫌だ、嫌だ、怖い……っ」

衝撃と、恐怖と、息の詰まる感覚。そんなものを何度も受けながら、地面を這う。

際限なく下から湧き上がってくる『恐怖』に、襲われる。

……怖い。

@僕
「怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い」

この場所も怖い。この文字も怖い。伸ばす手も怖い。自分の指が怖い。この目が怖い。自分の爪が怖くて、自分の口が怖い。

追ってくる『恐怖』という文字から逃げたくて、自分の中に染み込む恐怖からも逃げたくて、怖さを感じながら手を伸ばす。

ああでも、やっぱりこの手すらも、怖い。

触れる感覚が怖い。目にうつる景色が怖い。呼吸も怖い。でも息を止めるのも怖い。口の中で動く舌が怖い。カラカラに乾いて張り付く感覚のある喉が怖い。唾を飲み込むのも怖い。

心臓が動いているのも怖い。怖い。文字も、何もかもが、怖くて、涙があふれるけれど、これで溺れてしまうんじゃないかと思うと、この涙も怖い。でも止まらない。止まらないから、水分が枯れて死んでしまうのかもしれないとも思う。怖い。

@僕
「う、あ、あ、あ……っ」

見渡す限り、『恐怖』しかない。

@僕
「あ、あぁっ……っく、うぅっ、ひっく、う……っ」

数え切れない程の『恐怖』に覆われて、きっと、僕はこのまま押しつぶされて――。

@僕
「……あ、っ?」

不意に、手が見えた。

大量の『恐怖』の中に一つだけ。ぽつんと、肌白い手が伸びている。

その手が、周りにあった『恐怖』を払い除けていく。

@僕
「なに……?」

手が動く毎に、『恐怖』が散った。

ガラガラと音を立てながら、その文字が地面に散らばっていく。『恐怖』が、振り払われていく。

そうして開いた空間に、彼女が立っていた。

@○○○
「だから言ったでしょ。注意して、って」

@僕
「あ……」

彼女は、なんだろう。僕を見下ろしている。いや、きっと、睨んでいるんだ。

彼女も敵だ。そうだ。僕にひどい事をしようとしているんだ。やっぱり、怖い。

@○○○
「怖がらないで」

「貴方の『心』の中の『恐怖』が膨らむと、周りの『恐怖』が反応して呼び寄せられるのよ」

「だから、怖がっちゃダメ」

@僕
「そ、そんな事、言ったって……」

そんなの、知らない。この話も嘘に決まってる。

僕を騙すつもりなんだ。油断させて、酷いことをするんだ。

だって僕は、そういうものなんだから。

@僕
「怖い……っ! 怖いんだよ!」

@○○○
「なぜ?」

@僕
「ぼ、僕、は、みんなから、敵意を向けられる存在で……ッ、ひ!」

また、『恐怖』が動き出した。

地面に転がっていたはずのそれが震えて、僕の方に近付いて来る。

けれどその『恐怖』を、○○○が掴んで止めた。

@○○○
「みんながどうかは知らないけれど、私は敵意なんて向けないわ」

@僕
「う、うそだ!」

「だって、僕は……邪魔、なんだ」

「みんな、そう言った。邪魔で、迷惑で、どうしようもないやつだって、そう言って、僕に死ねって言った」

「消えろって、言ってくるんだ!」

「みんな……僕を拒絶した」

「僕は世界からも、はじき出されたんだ!」

@○○○
「世界から、はじき出された?」

@僕
「だって、そうなんでしょ?」

「僕は、」

@○○○
「違う。それは、勘違い」

○○○が笑った。

そうして、僕に近付いて来る。

@僕
「な、なに……? 何を、する気!?」

いやだ。来ないで。

僕はそう声を出しながら、後ずさろうとした。

それなのに、唇がわななくだけで声は出なかった。足もただ震え続けて、うまく動く事ができない。

そうしているうちに、○○○が周りにあったすべての『恐怖』を押しのけて、僕の目の前に来た。

@○○○
「貴方は、世界に弾かれたからここに来た、というわけではないわ」

@僕
「だ、だったら、どうして……、っ」

覗き込んでくる瞳の重圧に耐え切れず、しりもちをつく。

すると○○○は膝をついて、僕の上に覆いかぶさるように、

@○○○
「貴方は、ここに……」

「私の世界に、来てくれたのよ」

@僕
「あ……っ」

――抱きしめられた。

@○○○
「ねぇ。だから、拒絶されたわけじゃないのよ」

@僕
「そ、んなの……う、うそだ!」

「っ……君だって、言ったじゃないか!」

「僕が、汚い、って」

@○○○
「ええ。貴方は汚い。心も体もドロドロに汚れてしまっている」

まっすぐに、○○○が僕を見据える。

その視線も怖いと感じたら、再び『恐怖』が騒ぎ出したけれど、それはやはり○○○の手で薙ぎ払われた。

@○○○
「汚いのは事実」

「でも、そんなのは汚れを取れば良いだけの話」

@僕
「汚れを、取る……?」

@○○○
「そうよ。そのために、私がいる」

「私が、貴方を綺麗にしてあげる」

「だから、こんなところで『恐怖』になんて埋もれないで」

@僕
「っ、でも……」

周囲を見る。

相変わらず、『恐怖』はそこにあった。

浮かび上がっては近付いてくるそれを、○○○は片手で払っていく。

それでも、払ったその瞬間から『恐怖』が動き出す。

@僕
「無理だよ、こんなの……」

「もう、何が怖いのかさえも、わからないんだ」

@○○○
「そんなの、大丈夫よ」

「貴方には見えなくても、私には見えているから。余分なものを抜き取ってあげる」

「こうやって……ね!」

@僕
「わっ」

@○○○
「ほら、取れたでしょ」

そう笑顔と共に見せられるのは、多分、僕の胸の中に巣食っていただろう『恐怖』だ。

@僕
「とれた、って……」

@○○○
「こんなものは一旦、捨ててしまいましょう」

「貴方には、かわりに……」

○○○は足元のあたりを探り、何かを掴んで引っ張りあげる。

「これをあげるわ」

@僕
「えっと、それは……」

@○○○
「いいから。黙って受け取りなさい」

@僕
「う、うん」

○○○の手によって与えられた新しい文字――『安心』は、ほのかな暖かさを伴って、僕の胸に沈み込む。

そうして心の中が『安心』で満たされた頃には、周囲に散らばっていたはずの『恐怖』が、1つ残らず消えていた。


 

以上です。
これが「言葉話」仮で「ことばなし」というタイトルだったのですが、どうだったでしょうか?

世界の全てが言葉で構成されていて、汚れた言葉がやってくる場所。
というビジュアルから発想した企画です。
ただ、シナリオにするとわかるように、まず「わかりにくい」ですよね。

ノベルゲーム上である程度アニメーションをつけたり、イラストで上手く世界観を表現していく予定だったのですが、そもそものシナリオがぱっとしない。
ここから面白くなっていくかな?とシナリオ担当とも話したのですが、面白くなるかはわからず、迷走してしまったとの事。

ちなみに、この後に同じ題材でキャラクターが弱いのでは?
という事でもう一つ書きなおされたシナリオがあります。

それは次回紹介します!

 

 

 

 

 


 

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