日曜定期更新(04/28/2019)「結婚主義国家 婚前監禁 初稿」※ネタバレ注意

日曜日に書く事があっても無くても「とりあえず定期更新」するコーナー。 企画担当のどうでもいい事だったり、時として新作タイトルの事についてだったり、更新して、生存報告する事が第一目的です。

ケイ茶です!
今回は「婚前監禁」になります!
なお、今回も完結しているので結構ボリュームありますよ。

※「結婚主義国家」のネタバレが含まれる場合があります。
そのため、本編をすべてプレイしたうえでの閲覧を推奨いたします。

婚前監禁の初稿です。

基本的な話の流れと結末は最初から決まっていましたが、ヒロインと主人公の考え方が大分違うかと思います。
ヒロインにもう一癖つける事と、物語の起伏、結婚主義国家全体の流れを考えて現在の形に修正されました。

※ヒロイン、主人公の名前が決まっていませんでした。

【ヒロイン】
「〇〇くんの周りのハエは、ぜんぶ私が片付けるよ」

【ヒロイン】
「そうすれば、〇〇くんは18歳になっても結婚相手がいないって事になるよね」

【ヒロイン】
「結婚相手がいなかったら〇〇くんは殺されちゃうんだから、当然、私のところに来てくれるよね」

【ヒロイン】
「すごいよね。この国じゃなきゃ、こんな事は起こらないんだよ」

すごいよね。と彼女はまた繰り返し――ひどく歪んだ笑みを浮かべた。

;▲
【〇〇】
「……。これは何のつもりだ?」

【ヒロイン】
「〇〇くんを脅してる」

突きつけられた包丁を見ながら問えば、ヒロインは平然と答える。

【ヒロイン】
「ちょっと監禁しようかと思って」

【〇〇】
「監禁、か。……その提案は初めてだな」

【ヒロイン】
「うん。初めてだね」

【ヒロイン】
「といっても、これまでだって何回か考えた事はあったんだよ」

【ヒロイン】
「でもわざわざそんな事しなくても、〇〇くんを独占できているからいいかな、って思ってた」

【〇〇】
「なるほど。たしかにそうだな」

ヒロインは、今までも四六時中オレを見張っていた。

朝起きれば必ずヒロインの顔があり、離れている時の行動もなぜか逐一把握され、家族以外の人間と一言でも話そうとすれば警告替わりの着信音が鳴り響く。

そんな毎日が、日常だった。

監視され続け、人との接触を禁じられていたという点で考えれば、オレは精神的に監禁をされていたと言えるだろう。

【〇〇】
「それなのに、どうして改めて監禁なんて言い出したんだ」

【ヒロイン】
「ほら。あれ……今年の結婚式、もうすぐでしょ?」

【〇〇】
「ああ。あと1週間だったか」

【ヒロイン】
「え?」

オレがそう言った途端、包丁が揺れた。

うかつな発言だった事を知り、オレはそのまま言葉を続ける。

【〇〇】
「勘違いするな。誰かと話したわけじゃない。ただ、自然と耳に入っただけだ」

【〇〇】
「上級生があれだけ騒がしくしていれば、誰だって気がつく」

【ヒロイン】
「……あぁ、そっか。そうだよね。うん。良かった」

【ヒロイン】
「周囲に無関心な〇〇くんがそんな事覚えてるなんて思わなかったから、驚いちゃった」

【ヒロイン】
「監禁の前に、一仕事入っちゃったかと思ったよ」

【〇〇】
「……それで、結婚式がどうしたんだ?」

【ヒロイン】
「そうそう。その結婚式が間近だっていうことで、テレビで去年の結婚式の映像がたくさん流れていてね」

【ヒロイン】
「来年は〇〇くんがあんな風になるのかな、って思ったらね。監禁したくなっちゃった」

【ヒロイン】
「ほら。一足先に一緒になった人たちが羨ましくなった、って言えばいいのかな」

【ヒロイン】
「私もあの人たちみたいに、もっともっと〇〇くんを独占したいって思ったの」

【〇〇】
「そうか」

【ヒロイン】
「どうせ私たちはこの先ずっと一緒になるはずだから、それがちょっと早まっただけだと思えば。ね?」

【ヒロイン】
「かんきん、ってすごく幸せな響きでしょう?」

【〇〇】
「そういうものか」

【ヒロイン】
「うん。そういうものなんだよ」

とりあえず相槌をうったが、理解はできない。

いつもそうだ。ヒロインの言動はオレの理解を超えていて、彼女の中で勝手に完結している。

【ヒロイン】
「だから……監禁されてくれる?」

これもだ。問いかけのようでいて、包丁の先端はオレから、オレの持つ携帯電話の画面に移動している。

そこに表示された家族の写真を、刃先が数回つつく。

本人も言っていた通り、これは紛れもない脅迫だった。

【ヒロイン】
「監禁、されてくれる?」

【〇〇】
「……一応訊いておくが、監禁期間はどれぐらいを予定しているんだ?」

【ヒロイン】
「一生」

【ヒロイン】
「死ぬまで一緒だよ」

【〇〇】
「そうか。……そうだろうと思った」

これは、オレの女性関係を排除してきたヒロインの最後の保険なんだろう。

結婚式までの約1年間を監禁して完全に他者との関わりを絶ってしまえば、今度こそオレは彼女と結婚するしかなくなる。

そうして一度結婚してしまえば、あとは一生寄り添っていくしか道はない。

【ヒロイン】
「監禁、されてくれるよね?」

つつかれ続けてひびがはいった画面を見ながら、オレは溜め息を吐いた。

やはり、すべては彼女の中で完結している。

【〇〇】
「わかった。オレは抵抗しない」

【〇〇】
「ただ、家族に連絡だけでもさせてくれないか?」

【ヒロイン】
「……うーん。連絡、か……」

【〇〇】
「助けを求める事はしない。本当に、ただ説明しておきたいだけだ」

【〇〇】
「家族に無用な心配はかけたくない。お前だって、俺が電話の一本でもいれておいた方が監禁しやすいはずだ」

学校帰りに行方不明になったのでは大ごとだが、ただの家出となれば警察もたいして動かない。

そう説明すると、ヒロインは眉根を寄せる。

【ヒロイン】
「そこは、〇〇くんが心配しなくてもいいんだけど……」

【ヒロイン】
「じゃあ、弟くんに電話していいよ」

【ヒロイン】
「もちろん、私に声が聞こえる状態で話してね」

【〇〇】
「ああ。わかった」

オレはうなずくと、ひび割れた画面を使って弟に電話をかける。

そうして、数コール目で声が聞こえた。
;★★
【弟】
『もしもし。……兄貴から電話なんて、珍しいな』

【〇〇】
『ああ。伝えなければならない事ができたんだ』

【〇〇】
『……弟。オレは少し家を離れる』

【弟】
『随分急な話だな。どこ行くんだ?』

【〇〇】
『それは言えない』

【弟】
『なんだよ。俺には秘密なのかよ』

【〇〇】
『お前だけじゃない。誰にも言えない』

どこに行くのかなんて、当のオレも知らない。

視線でヒロインに問いかけてみるが、当然ながら答えはもらえなかったので言う事はできない。

【弟】
『まさか……兄貴は旅行じゃなくて、家出するつもりなのか?』

【〇〇】
『いや、それも違う。監禁されてくる』

意識せず、その言葉が出た。

まずかっただろうかとヒロインを見てみるが、彼女はなんの反応も示さなかったのでいいのだろう。

そう結論づけて、会話を続ける。

【弟】
『監禁って……あの、閉じ込められる方の?』

【〇〇】
『そうだ』

【弟】
『ふーん。誰に監禁されるんだよ』

【〇〇】
『ヒロインという子だ』

【弟】
『ヒロイン。あー。あの子か。あの、兄貴の事を大好きですって隠しもしない子』

【〇〇】
『知っていたのか?』

【弟】
『そりゃ、あの子はずっと兄貴にひっついてたじゃないか。俺はまともに会話した事はないけど、態度でわかるよ』

【弟】
『というか、それって監禁じゃなくて駆け落ちだろ。変な言い方するなよ』

【〇〇】
『監禁は監禁だ』

【弟】
『はいはい。照れなくていいって。よくわからないが、兄貴は家を出てその子と一緒にどこかへ行くわけだ』

【〇〇】
『止めないのか?』

【弟】
『別に。兄貴なら、そう心配する必要もないって思うしな』

【弟】
『ま、父さんと母さんにはうまく言っておくから、そっちは好きにしてくれよ』

【〇〇】
『わかった』

【弟】
『……あ。でもさぁ、兄貴』

【弟】
『からかいたいなら、もっと上手にやれよな。そんな淡々と「監禁される」なんて言っても、誰も驚いてくれないぞ』

【〇〇】
『そういうものか』

【弟】
『そうそう。普通はもっと切羽詰った声になるはずなんだから。今度やる時は、もっと必死に言ってくれよな』

【弟】
『そうしたら、騙されてやるよ』

【〇〇】
『わかった。次があればそうする』

【〇〇】
「……」

【ヒロイン】
「……通話、終わった?」

【〇〇】
「ああ。これでいい」

正しく伝わったかは謎だが、とりあえず連絡はできた。

あとは弟がうまくやってくれるだろう。そういう部分は上手なやつだ。

【〇〇】
「しかし、お前こそ途中で通話を止めなくて良かったのか?」

【ヒロイン】
「ん? だって、あんなところで止めたらそれこそ大ごとになっちゃうよ」

【〇〇】
「……それもそうか」

監禁という単語を出した瞬間、途切れる電話。それでは通報してくれと言っているようなものかもしれない。

【ヒロイン】
「それに、〇〇くんは助けを求めたわけじゃない。約束を守ってくれた」

【ヒロイン】
「〇〇くんは本当の事を言っただけなんだから、咎められないよ」

【ヒロイン】
「そういう、嘘を吐かないところも好きだから」

【〇〇】
「……そうか」

【ヒロイン】
「うんうん」

ヒロインはオレの手から携帯電話を取り去ると、地面に叩きつける。

そのまま踏んで、完全に壊した。

【〇〇】
「電話が通じないというのも大ごとになりそうだが、それはいいのか?」

【ヒロイン】
「いいよいいよ。〇〇くんが本当に家出をすると決めたら、これぐらいやるでしょ」

【〇〇】
「……そうかもしれないな」

【ヒロイン】
「それにほら。弟くん、良い事言ってたよね」

【〇〇】
「良い事?」

【ヒロイン】
「駆け落ちだって」

【ヒロイン】
「そうだよ。これは駆け落ちなんだよ。監禁よりも、もっと幸せな響きだね」

【〇〇】
「……男女での駆け落ちというのは、両親などに結婚を許されない場合にするものじゃないのか?」

【〇〇】
「オレたちの場合は、特別、誰かから反対された覚えはないが……」

【ヒロイン】
「許されてないよ」

【ヒロイン】
「……だって、〇〇くんは私と結婚したいとは思ってないよね?」

【〇〇】
「ああ」

【ヒロイン】
「ほら。許されてない。だから、駆け落ちって事でいいんだよ」

【ヒロイン】
「……さて。それじゃあ行こうか、〇〇くん」

【ヒロイン】
「一応、目隠しとか手錠とか用意してきたけど、つける?」

【〇〇】
「勝手にしてくれ」

【ヒロイン】
「わ、すごい。抵抗しなくなったね。前はもっと普通に拒絶してきたのに」

【〇〇】
「……オレは、普通ではなくなったのか?」

【ヒロイン】
「そうだね。おかしいかもしれないね」

【ヒロイン】
「でも、〇〇くんがおかしいのは、別に何もおかしな事じゃないんだよ」

【ヒロイン】
「一つ狂った歯車があれば、残りも全部狂っちゃう。そういうものなんだから、仕方ないよ」

【〇〇】
「……その狂った歯車とは、お前の事なのか?」

オレが問いかけると、ヒロインは黒い布を手に持った。

そうしてオレに目隠しをして、間を置いてから答える。

【ヒロイン】
「さぁ。どうだろうね」

クフフ。と続いた笑い声は、おそらく狂ったものだった。

;▲監禁場所

体は椅子に固定された。

座ったままの状態で、両手首と両足首をそれぞれ手錠で肘掛けと脚の部分につながれているため、たいして動かす事はできない。

更にとどめとばかりに膝の上にヒロインが乗ってきては、もはや上半身を曲げる事すら許されなかった。

【ヒロイン】
「〇〇くん、椅子になっちゃったね」

【ヒロイン】
「ねぇ、私と触れ合ってどう思う?」

【〇〇】
「どうと言われても……触れているな、としか」

【ヒロイン】
「そっか。嬉しいな」

【ヒロイン】
「今、私が〇〇くんに感覚を与えているんだね。触れ合うって感覚を、私だけが、与えてる」

【ヒロイン】
「〇〇くんが、私だけを感じ取ってくれている。……幸せだよ」

【〇〇】
「……そうか」

心底嬉しそうに言われると、なんと言葉を返せばいいのかもわからない。

【ヒロイン】
「〇〇くん」

【〇〇】
「なんだ」

【ヒロイン】
「〇〇くんのね、名前を呼んだんだよ」

【ヒロイン】
「私、〇〇くんの名前が大好きだから。何度呼んでも足りないなって想って」

【ヒロイン】
「ねぇ、もっと呼んでもいい?」

【〇〇】
「勝手にしてくれ」

【ヒロイン】
「そっか。ありがとう。じゃあ」

【ヒロイン】
「〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん」

【ヒロイン】
「〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん」

【ヒロイン】
「〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん」

……なんだこれは。

オレが呆然としている間にも、ヒロインは淡々とオレの名前を呼んでいく。

壊れたCDのようだと思ったが、ようだも何も、彼女は壊れているのかもしれない。

安易に許可なんて出さなければよかった。

こんな繰り返しを聞いていると、オレまで何かが壊れていくような気がする。

【ヒロイン】
「〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん」

……さすがにそろそろ止めるべきか。

体感的には30分ほど過ぎたと思うのだが、一向にヒロインの声は止まらない。

【〇〇】
「ヒロイン。ちょっといいか」

【ヒロイン】
「〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん、……なに?」

【〇〇】
「ここに時計はないのか?」

【ヒロイン】
「そんなもの、ないよ」

【ヒロイン】
「だって、ここにあるのは永遠なんだよ。永遠を前にしたら、1分とか1秒には何の意味もないよね」

【ヒロイン】
「ここには〇〇くんがいる。私がいる。それだけでこの空間は完結しているんだよ」

【ヒロイン】
「他のものなんて、あってもなくても構わない。その中でも特に、時計は不必要なものだから存在しない。……何か、おかしいかな?」

【〇〇】
「いや……。おかしくは、ないな」

お前の中では。と、心の中だけで付け足す。

伊達に長年関わってきたわけではない。

ヒロインがこういう問いかけをする時は同意しか求めていない時で、下手に反論しようものなら彼女の中の謎理論が爆発するだけだ。

【ヒロイン】
「〇〇くんって、変な事をいうよね」

いつもの事ながら、先程からまともに会話ができている気がしない。つながりがなく、ぶつ切りだ。

その事に気分の悪さを感じながら、声を発する。

【〇〇】
「もうひとつ教えてくれ。お前は、どうすれば満足するんだ?」

【ヒロイン】
「……? 〇〇くんに対して、不満なんてないよ」

【〇〇】
「ごまかさないでくれ。お前は、オレの何かが不満だからこうして監禁に踏み切ったんだろ」

【ヒロイン】
「……」

【〇〇】
「このままオレと結婚できたら、お前は落ち着くのか?」

【ヒロイン】
「……そうだね。結婚したら落ち着くかもしれないね」

【ヒロイン】
「そうなったらいいね」

【〇〇】
「……他人事のように言うんだな」

【ヒロイン】
「うん。だってそんなの、その時になってみないとわからないよ」

【ヒロイン】
「私がわかるのは、今、〇〇くんがだーい好きって事ぐらいだよ?」

【〇〇】
「……そうか」

【ヒロイン】
「愛してるよ」

【ヒロイン】
「私が好きなのは、この世界で〇〇くんただ1人だよ」

【ヒロイン】
「だから、〇〇くんこそ、何かあったら言ってね」

【ヒロイン】
「私にできる事なら、何でもするからね」

【〇〇】
「だったら……ここから出してくれ、と言ったら出してくれるのか?」

【ヒロイン】
「え? 今、何か言った?」

【ヒロイン】
「今、何も言ってないよね? 〇〇くん、この場所大好きだよね。私の傍から離れるなんて、言うわけないよね? 私を傍においてくれるよね?」

【ヒロイン】
「ここから出てどこに行くっていうの? 誰かのところに行くなんていわないよね? そんな事言うはずないよね? 〇〇くんは私と一緒にいるんだよね?」

【〇〇】
「……ああ。ただの、冗談だ」

【ヒロイン】
「冗談。そっか。〇〇くん、冗談も上手なんだね。すごいね」

【ヒロイン】
「ごめんね。私、冗談が通じなくって。これからは気をつけるね」

【〇〇】
「……そうか」

【ヒロイン】
「だから、〇〇くんも、気をつけてね?」

【〇〇】
「……わかった」

やはり、そう簡単にはいかないか。

まぁ、わかっていた事だ。落胆する程の事でもない。

オレがここで監禁されているという事は、他の誰にも危害が加えられないという事でもある。

そう思って、この空間にも耐えるしかないだろう。

【ヒロイン】
「〇〇くん、〇〇くん」

【〇〇】
「……今度はなんだ」

宙を眺めてぼんやりしていると、不意に、ヒロインがもぞもぞと動き出す。

【ヒロイン】
「見て見て。手、握っちゃった」

【〇〇】
「……そうか」

【ヒロイン】
「暖かいね」

【〇〇】
「オレはわからない」

【ヒロイン】
「こうしていると、怖いことなんて消えちゃう気がするよね」

【〇〇】
「そうか」

ヒロインに怖いものなんてあるのかと疑問に思ったが、訊ねるのはやめた。

どうせ、またよくわからない理論を持ち出してくるだけだろう。

「〇〇くんがいなくなっちゃうのが怖いの」とか言って、下手に想像させてしまったら面倒だ。

彼女は昔から、ありもしない不幸を脳内で作り上げては怯えて、凶行に至るのだから。

【ヒロイン】
「こうしていると、昔に戻ったみたいで懐かしいね」

【〇〇】
「……昔?」

【ヒロイン】
「うん。私たちが出会った頃。その時も、よくこうして手をつないだよね」

【ヒロイン】
「夜中に、こっそり抜け出して1つのベッドで寝たよね」

【ヒロイン】
「その時、〇〇くんはこうして手を繋いでくれたんだよね」

【ヒロイン】
「私、あの時すごく嬉しかったんだよ」

【〇〇】
「ああ。……そういえば、あったな」

言われてから数分ほど脳内を探って、ようやく思い出した。

遠すぎて忘れかけていたが、ヒロインの言う通り、そんな事をした夜もあった。

そんな風に――普通に話が通じた頃も、あったんだ。

;▲
ヒロインと出会ったのは、8歳の時だった。

当時小学2年生だったオレは、夏休みに友達と流行っていた「ブランコから飛び降りる時にどれだけかっこよく着地できるのか」という遊びをしていて、足の骨を折った。

そうして入院した時に隣のベッドにいたのが、左手を骨折したヒロインだった。

;▲病室 夜

【〇〇】
「んー……」

もぞり、と布団の中で体を揺らす。

眠れない。

入院したばかりで落ち着かないというのもあるし、枕が頭になじまない。

そのまま、落ち着かなくってごそごそと動き続けていたけれど、結局がまんできずに片足で布団を蹴り飛ばす。

そうして、ひっそりと声を出してみる。

【〇〇】
「……なぁ」

返事はない。静かだ。

でも、なんとなく隣のベッドの影が動いた気がする。

隣にいるのは、たしかオレと同じくらいの女の子だ。

昼間に挨拶だけはしたけど、彼女はすぐ布団の中に隠れてしまったからあまり話はできていない。

【〇〇】
「なぁ、起きてるか?」

【ヒロイン】
「きゃっ! え、えっと……〇〇くん、だったよね」

仕切られていたカーテンを勢いよく引くと、ヒロインが目を丸くしてオレを見た。

それからあわあわと、視線と手をさまよわせる。

予想以上の慌てっぷりに、オレの方まで驚きが伝染してしまう。

【〇〇】
「ごめん。もしかして、寝てたところを起こしちゃったか?」

【ヒロイン】
「ううん。違うよ。……眠れなかったんだけど、寝なきゃいけないところだったの」

【〇〇】
「なんだそれ」

【ヒロイン】
「だって、今はしょうとう時間っていって、もう寝なきゃいけない時間なんだよ」

【ヒロイン】
「私はこの時間に寝ているはずなんだから、起きていたら私じゃないの」

ヒロインは変な事を言う。

目の前にいるのは、昼間に「ヒロイン」と名乗った子と同じはずなのに。

【〇〇】
「……ヒロインじゃないなら、お前は誰なんだ?」

【ヒロイン】
「えっ? うーん。えっと……」

【ヒロイン】
「幽霊、かな?」

【〇〇】
「なんだそれ」

オレは溜め息を吐いて、ヒロインの手を掴んでみた。

柔らかくてふにふにしたそれを、小突いたり振ったりしてみたが、やっぱり普通だ。

【ヒロイン】
「な、なに?」

【〇〇】
「うん。さわれる。幽霊じゃないな」

【〇〇】
「お前は、こんな時間に普通に起きている、普通のヒロインだろ」

【ヒロイン】
「じゃあ、私は……悪い子なんだね」

【ヒロイン】
「いいつけを破って起きているんだから、ダメな子だよね」

【〇〇】
「破って、って……ヒロインはマジメだな」

目をつぶっても眠れないんだったら、仕方ないじゃないか。

そうオレが言っても、ヒロインは首を振る。

【ヒロイン】
「でも、決められた事は破っちゃダメだよ!」

【ヒロイン】
「破ったら悪いことがあるって、お母さんがいつも言ってるもん」

【〇〇】
「たとえば?」

【ヒロイン】
「ええっと……この、私の手の骨が折れちゃったのもね。きっと、私がその日ピーマンを残したからなんだよ」

【〇〇】
「お前、ピーマンに骨を折られたのか? ピーマンが襲ってきたのか?」

【ヒロイン】
「違うよ。骨折しちゃったのは、階段を踏み外したからだけど……」

【〇〇】
「だったら違うだろ」

【〇〇】
「ピーマンを残すと骨が折れるなら、オレなんて全身バキバキで、タコになってるはずだ」

【ヒロイン】
「でも、私はピーマンで……」

【〇〇】
「だから、ピーマンとか、ヒロインがいいつけを破ったとかは関係ないんだ」

【〇〇】
「あえて言うなら、階段を踏み外すほどぼーっとしていたところがダメだったんだ!」

【ヒロイン】
「そう、なのかな……」

【〇〇】
「そうそう」

ピーマンを残したせいでおやつ抜きになるならわかる。でも、骨を折るなんて絶対おかしい。

【ヒロイン】
「じゃあ、〇〇くんはどうして骨を折っちゃったの? 何がダメだったの?」

【〇〇】
「オレは、カッコ悪かったのがダメだった」

視線を落として思い出す。

ああ。今考えてもカッコ悪い。悔しい。

【〇〇】
「オレさ、実は手を骨折する予定だったんだ」

【ヒロイン】
「えっ。骨折に、予定なんてあるの?」

【〇〇】
「あるある。だって元々の予定は、ブランコから大ジャンプしたあと手をついて格好よく決めるつもりだったんだ」

【〇〇】
「漫画とかでよくあるだろ。膝をついて手をついて、シュタッと着地するやつ。あれやりたかった」

ついでに着地したあとは、フッと笑って決め台詞も言いたかった。

結局、骨が折れた痛みで泣き喚いて、それでも頑張って笑おうとしたせいで友達からは「泣きながら笑ってて不気味だった」とか言われたけど。

理想は、漫画の中のヒーローだったんだ。

【〇〇】
「実際は普通に足で立っちゃった。だから足を骨折したんだけど、本当なら地面についた手を骨折するべきだったんだ」

【〇〇】
「だから、オレが足の骨を折ったのはカッコ悪かったせいなんだ」

【ヒロイン】
「そうなんだぁ……」

ヒロインは包帯が巻かれたオレの足をじっと見て、うなずく。

それでもまだ少し納得していないみたいだから、オレはヒロインの手を強く握りなおした。

それから、自分のベッドから慎重に這い出ると、ヒロインのベッドの中にもぐりこむ。

【〇〇】
「信じられないなら、いっそ、今日は2人で起きていようか」

【ヒロイン】
「えっ……? で、でも、そんな事したら……」

【〇〇】
「大丈夫。言われた事をちょっと守らなかったところで、悪い事なんて起きない」

【〇〇】
「それを証明してみせる」

まぁ、怒られる事はあるかもしれないが。とは、心の中だけでつぶやいておく。

怒られるのは悪い事じゃなくて、怖い事だからセーフだ。たぶん。嘘は言ってない。

さて反応はどうだろう、とヒロインの様子をうかがってみると、思ったよりも落ち着いた表情があった。

【〇〇】
「な。手を握っていれば、起きていても大丈夫な気がしてくるだろ?」

【ヒロイン】
「うん」

【ヒロイン】
「……暖かいね。こうしていると、怖いことなんて消えちゃう気がするんだね」

【〇〇】
「そう。オレの手って、すごいんだ」

【ヒロイン】
「うん。すごい。〇〇くんって、とってもすごい」

あまりにも嬉しそうにそう言うから、両手でヒロインの手を握ってみる。

すると彼女はもっと笑顔になった。

こんな顔を見れるなら……ちょっとカッコ悪くても、骨折したのが足で良かったかもしれない。

;▲黒

そうしてオレたちは手を繋いだまま、どちらが先かもわからないうちに眠った。

その翌日も、翌々日も。

毎夜のようにそんな事を繰り返して消灯時間を守らなかったけれど、とくに悪いことなんて起きなかった。

それどころか、ヒロインと仲良くなればなるほど楽しい日が続いて、幸せだった。

;▲監禁場所

【ヒロイン】
「〇〇くん、〇〇くん」

ふと目を開けると、変わらない光景が広がっていた。

何が楽しいのか、ヒロインは相変わらずオレの名前を呼んでいるらしい。

監禁されてから、どれだけの時間が過ぎたのだろう。

食事の時間はおそらくバラバラで、この部屋には窓もない。今が何日かもわからなければ、朝なのか昼なのか夜なのかもわからない。

ただ、ヒロインの体の重みと、自分の呼吸だけを感じる。

【ヒロイン】
「〇〇くん〇〇くん〇〇くん」

ああ……。

ボロボロと、爪先から頭まで、少しずつ自分が崩れていくように思う。

このまま椅子と同化して、ただの物体になる。そんな風に感じるというのに、危機感も起きない。

ただ、無気力だ。

どうしてこんなに気力が起きないのかと、やはりぼんやりした頭で考えて、多分30分ぐらいかけて、ようやく答えが出る。

今のオレには目的も目標もないから、こんな風になっているんだろう。

他者に危害をくわえられないように、ヒロインをこの場に留めておく。という目的はあるが、それはオレがここにいるだけで達成される。

だからオレがここから必死で逃げる必要もない。逃げなければとも思わない。

さらに言えば、普通なら湧き上がるだろう「恐怖」という感覚もない。

弟が言っていた通り、オレはすでに普通ではなくなってしまったんだろう。

【〇〇】
「なぁ……」

【ヒロイン】
「どうしたの、〇〇くん?」

【〇〇】
「いや……。なんでもない」

退屈しのぎに声をかけてはみたものの、会話の内容すら思い浮かばなかった。

ヒロインと話して何になるというのだろう。どうせ、少しでも都合の悪い事を言えば無かった事にされるんだ。

だったら、初めから会話なんてなくていいだろう。

【ヒロイン】
「〇〇くん? あのね。もしかして、暇、なのかな?」

【〇〇】
「どうだろうな……」

【ヒロイン】
「一緒にいて、楽しくないの……?」

【〇〇】
「楽しいさ」

お前はな。と、口にする気にもなれなかった言葉が喉を落ちる。

そのままボーッとヒロインを眺めていると、彼女は突然慌てだした。

【ヒロイン】
「ごめん。……ごめんね。〇〇くん、楽しくなかったんだね」

【ヒロイン】
「ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。私1人で楽しむなんて、ずるいよね。楽しむなら一緒がいいよね」

【ヒロイン】
「……あっ。そうだ。これ。これどうかな?」

【〇〇】
「なんだそれ」

【ヒロイン】
「オセロだよ。〇〇くんと2人きりになるから、用意しておいたの」

【〇〇】
「オセロ……? ハ、ハッ」

差し出されたそれを見て、思わず笑いがこぼれた。

ああ。やっぱりヒロインはおかしい。

誰が、監禁された状態でオセロなんかに興じるっていうんだ。

監禁しておきてオセロをやろうだなんて、なんなんだ。まるで子供だ。

呆れ返って笑うオレに、しかしヒロインは何を勘違いしたのか、慌ててオセロの準備をし始める。

肘掛けの上にしっかりと盤を置いて。盤上に石を並べて。期待のこもった目で、オレを見上げる。

【ヒロイン】
「昔、〇〇くんとよく遊んだよね」

【ヒロイン】
「〇〇くんは、負けていたばかりだった私に、丁寧にコツを教えてくれた。優しいよね、〇〇くん」

【ヒロイン】
「懐かしいよね。思い出すだけで涙が出てきそうだよね」

【ヒロイン】
「ねぇ。〇〇くんは、オセロ、好きだよね?」

【〇〇】
「さぁ。……わからないな」

【ヒロイン】
「わからなくなんてないよ。〇〇くんは、オセロが好きだよ。大好きなはずなんだよ」

【ヒロイン】
「だから、やろうよ。ほら。持ってみて」

相変わらずヒロインを眺め続けていると、半ば押し付けるような形でオセロの石を持たされる。

そうしてみると、たしかに彼女の言う通り、懐かしさというものがあるような気がした。

;▲
【〇〇】
「ヒロイン。オセロ見つけた! 一緒にやろう!」

【ヒロイン】
「オセロ、かぁ……」

【〇〇】
「嫌か?」

【ヒロイン】
「ううん。そうじゃなくて、オセロって遊びだよね」

【〇〇】
「そうだな」

少なくとも、勉強とか運動じゃない。

オレがハッキリうなずくと、ヒロインは眉根を寄せた。

そのまま何かを考え込むようにうつむいたかと思うと、ぽつりと小さな声を出す。

【ヒロイン】
「まだ、聞いてなかったんだけど……〇〇くんって、何歳なの?」

【〇〇】
「8歳だ」

【ヒロイン】
「あ……!」

途端、ヒロインの顔が上がった。

真っ直ぐにオレを見るその瞳は、輝いているような気がする。心なしか、顔も近づいた。

【ヒロイン】
「8歳。8歳って、今、言ったよね!?」

【〇〇】
「ああ。言ったが……」

ここまで勢いよく食いつかれると、少し自信がなくなってきた。

オレは8歳……だよな? うん。大丈夫だ。つい最近誕生日パーティをしたばかりだから、間違ってない。

オレがパーティの事を思い出している間にも、ヒロインは嬉しそうにうなずく。

【ヒロイン】
「そっか。そうなんだ。8歳なんだ。……良かったぁ」

【〇〇】
「良かった?」

【ヒロイン】
「うん。あのね。私も8歳なんだよ! だから、〇〇くんとは遊んでもいいんだね!」

【〇〇】
「そうか。ヒロインも8歳だったのか」

【〇〇】
「……だが、8歳だとオレと遊んでいい、っていうのはどういう意味なんだ?」

オレが問うと、ヒロインはきょとりと目を瞬かせた。

それから、小首をかしげながら言う。

【ヒロイン】
「女の子が男の子と遊ぶ時は、同じ年か2つ年上の子じゃないとダメなんだよ?」

【〇〇】
「んん……?」

【ヒロイン】
「だから、男の子も女の子と遊ぶ時は、同じ年か2つ年下の子じゃないとダメなんだよ」

【〇〇】
「……なんだそれ」

そんな事、初めて聞いた。

【〇〇】
「なんでそんな事が決められているんだ?」

【ヒロイン】
「えっと……私はまだよくわかんないんだけど、16歳ぐらいになったらわかる時がくる、ってお母さんが言ってたよ」

【〇〇】
「へぇ……」

じゃあ、今のオレがわからないのも、まだ8歳だからなんだろうか。

でも、理由以外の事なら1つはわかる。

【〇〇】
「……なんか嫌だ、それ」

【ヒロイン】
「え? いや、って……?」

【〇〇】
「それってつまり、もしオレが今11歳だったりしたら、ヒロインとは遊んじゃいけないって事なんだろ」

【〇〇】
「そんなの嫌だ。オレはそんなの関係なく、ヒロインと遊びたい」

遊びたいと思った相手と遊べないなんて、つまらない。怒りたくなる。

【〇〇】
「ヒロインのお母さんは、変な事を言うんだな」

【ヒロイン】
「……変、かな?」

【〇〇】
「そうだ。オレは、お母さんからそんな風に言われた事なんてない」

【ヒロイン】
「そっか。そう、なんだ」

【ヒロイン】
「……他の子も、みんな気にしてないのかな?」

【〇〇】
「え。それは……わからない」

そう言われてみると、初めて遊びに誘うとき、まず何歳か聞いてくる子は時々いるような気がする。

基本的には学校で友達になるから、初めからわかっている事が多いんだが。

【〇〇】
「もしかしたら……他にもそういう事を言うお母さんはいるのかもしれない」

【〇〇】
「でも、ヒロインのお母さんはダメって言うのが多いと思う」

【〇〇】
「そんなにいろんな事をダメって言われたら、嫌にならないか?」

【ヒロイン】
「……うん。ちょっと、嫌な時はあるよ」

【ヒロイン】
「でもね、お母さんは私のためを思って言ってるんだって。だから、我慢できるよ」

【〇〇】
「……オレのお母さんが前に言ってた。我慢するっていうのは、風船を膨らませる事なんだって」

【ヒロイン】
「風船?」

【〇〇】
「わがままばかり言って我慢をしないと、風船はいつまでも膨らまなくってしおしおのままで全然飛ばない」

【〇〇】
「でも、我慢しすぎてふくらませすぎると、破裂する」

【〇〇】
「だから、我慢のしすぎは良くない。……そうだ。我慢しすぎるのも、ダメ、なんだ」

【ヒロイン】
「え? え? それも、ダメなの?」

【ヒロイン】
「じゃあ、お母さんのいいつけを守らなくちゃいけなくて、でも、守るために我慢するのもいけないって事だから……」

ヒロインが視線をさまよわせる。

オレを見たり、オセロを見たり。意味もなく手を振り回したり。

そんな事を繰り返してから、ある時ぴたりと、オレで視線を止めた。

【ヒロイン】
「どうすれば、いいのかな?」

不安そうに瞳を揺らしているのを見て、オレは安心させるように笑顔を向ける。

【〇〇】
「簡単だ。夜こっそり起きてるみたいに、たまに破ってしまえばいい」

【〇〇】
「破ったら絶対に悪いことが起きる。なんていうのはウソだって、もうわかっただろ」

【ヒロイン】
「そうだけど……。破ったら怒られる、って事もわかったよ」

【〇〇】
「だったら、怒られないようにもすればいい」

【〇〇】
「ルールの破り方じゃなくて、抜け道を考えるんだ」

【〇〇】
「少しずつ。こっそりと、お母さんのいいつけをくぐり抜けよう」

オレがそう言って手を差し出すと、ヒロインはおずおずと手をとった。

;▲

オレはその時、ただ、ヒロインに我慢させたくないと思っただけだった。

完璧に従うわけじゃなく、少しぐらいは反発しても大丈夫だ、と。そう教えたかっただけだった。

だが……オレは、その時間違えてしまったのかもしれない。

思い出してみると、出会った頃の彼女はもっと真面目で、些細な言葉でも守るような人間だった。

横断歩道は白線しか踏んじゃいけない、と言われたらよろめきながらも通って。廊下を走るなと言われたら、1歩に5秒ぐらいかける事もあった。

それが、今はどうだ。

人に包丁を向けてはいけない。人を脅してはいけない。監禁してはいけない。

そんな、当たり前のルールすら平然と破っている。

そう変わってしまったのは、オレのせいなんだろう。

;▲監禁場所
床にはオセロの石が散らばっている。

オレがたいして興味を示さなかったせいで、ヒロインがオセロ盤を壊したからだ。

彼女はいつものように「〇〇くんを楽しませる事ができない邪魔者は排除しなきゃ」などと言っていた。

散らばった石は、白だったり、黒だったりする。それがヒロインを連想させた。

仮にオレが出会った頃のヒロインを白だとするのなら、今の彼女は黒だ。

では、それはいつ、どうしてひっくり返ったのか。

考えてみたがうまく思い出す事ができず、ヒロインへと視線をうつす。

【〇〇】
「……お前は、どうしてそんな風になってしまったんだ」

【ヒロイン】
「そんな風って、どんな風かな?」

【〇〇】
「狂っている」

【〇〇】
「オレは、お前が狂った理由に興味がある」

【ヒロイン】
「うーん。……いきなり、難しい事を訊くね」

【〇〇】
「難しいのか」

【ヒロイン】
「うん。私はもう、おかしくなっちゃったんだよ。だからその前の事なんてよくわからない」

【ヒロイン】
「狂った時計は、勝手に正常に戻ったりはしない。狂う前の正しい時間なんて忘れてる。そういうものだよ」

【ヒロイン】
「そういう〇〇くんは、普通になれるの?」

【〇〇】
「……いや」

【ヒロイン】
「ほら、ね。難しい事を考えるのはやめて、今を楽しもうよ」

【ヒロイン】
「〇〇くんがここにいて、私がここにいて、2人で同じ空気を共有して、2人で肌を触れ合って互いの感覚に溶け合っていくんだから、楽しいよね」

【ヒロイン】
「この世界にだけ浸っていればいいんだよ。他の事なんて、何も考えなくていいよ。心配しなくていいんだよ。怖がる事も、不安になる事も何一つないんだよ」

矢継ぎ早にそう言うと、ヒロインはふと思いついたように手を叩く。

【ヒロイン】
「〇〇くん、〇〇くん。写真を撮ろうよ」

【〇〇】
「……写真?」

【ヒロイン】
「そうだよ。〇〇くんを監禁したら、絶対記念に撮っておこうと思っていたの」

【ヒロイン】
「せっかくの監禁なんだから、一枚、ううん、何十枚……うーん、何千枚撮ってもいいよね」

【ヒロイン】
「きっと大事な思い出になるんだから」

【ヒロイン】
「とにかく撮ろうよ!」

【ヒロイン】
「はい、チーズ!」

デジタルカメラを向けられたかと思えば、すぐにフラッシュが瞬いて、オレはまぶしさに目を細める。

【ヒロイン】
「うん。よく撮れてるよ」

【〇〇】
「……そうか」

【ヒロイン】
「デジタルカメラって、便利でいいよね。この〇〇くんもすぐに独り占めできるんだもん」

【ヒロイン】
「昔みたいにいちいち写真屋さんに現像を頼んでいたら、片付けが大変になっちゃうところだったよ」

……写真、か。

そうか。……そういえば、そんな事もあった。

;▲過去 公園
【〇〇】
「遅くなって悪い」

【ヒロイン】
「ううん。〇〇くんを待ってる時間も楽しいから、いいよ」

楽しい時間はすぐに過ぎて、オレたちは互いに退院し、夏休みも終わった。

それでも、なるべく時間を見つけては会うようにしている。

学区が違うから校内では会えない。

家からの距離も遠く、お互いの中間地点で待ち合わせをしても自転車が欠かせない。それでも、彼女と遊ぶのは楽しい。

それに、学校が違うのは悪い事だけじゃない。

【〇〇】
「前回話した写真を持ってきた」

公園のベンチに座りながら、それをバラバラとおいていく。

すると、ヒロインが手をたたいて喜んだ。

【ヒロイン】
「わぁ。すごい! 私の知らない〇〇くんがたくさん!」

【ヒロイン】
「これは、サッカーやってるところだね。かっこいいなぁ」

【ヒロイン】
「こっちは……例の、ブランコからの着地だね?」

【〇〇】
「ああ。今度はしっかり決めポーズができた。いい写真だろ?」

【ヒロイン】
「うん。かっこいい!」

【ヒロイン】
「あ。このオセロやってる写真……〇〇くん、負けちゃったんだ。珍しく悔しそうな顔してる」

【〇〇】
「それは……よくわかったな。この写真を撮ったお父さん以外は、みんな騙されたのに」

写真に写っているのはオレと、オレの双子の弟の2人だ。

動いて喋っている状態なら性格の違いでわかるが、写真ではそうそう見抜かれないんだが。

【ヒロイン】
「わかるよ。だって〇〇くんの事だもん」

【ヒロイン】
「弟くんには悪いけど、私には〇〇くんしか見えていないんだから、見分けるのなんて簡単だよ」

【〇〇】
「そ、そうか」

笑顔つきで堂々と言われると、少し照れくさい。

【ヒロイン】
「私は一人っ子だから。兄妹がいるときっと楽しいだろうなぁ、ってよく思うんだよ」

【〇〇】
「ふーん。そういうものなのか。オレは弟を邪魔に思う時が多いけどな」

【ヒロイン】
「誰かに対して『邪魔』なんて言っちゃだめだよ」

【ヒロイン】
「それにそんな事言いながら、〇〇くんが弟くんと写ってるのはどれも楽しそうだよ」

【〇〇】
「……まぁ、楽しい時は楽しい」

【ヒロイン】
「うん。素直になったね。えらいね」

【〇〇】
「子供あつかいしないでくれ。誕生日はヒロインの方が遅いんだから、オレの方が大人だ」

【ヒロイン】
「そうだね。ごめんごめん」

笑いながら言うヒロインに、まだ子供扱いをされているような気がして睨む。

すると、彼女はごまかすように写真に目を向けた。

【ヒロイン】
「それにしても、〇〇くんって友達が多いんだね」

【〇〇】
「そうか?」

【ヒロイン】
「うん。私は、ここまで友達が多くないよ。〇〇くんは写真の中で、いろんな子に囲まれて……」

【ヒロイン】
「……」

【〇〇】
「ヒロイン? どうかしたのか?」

【ヒロイン】
「……これ、いつの写真?」

【〇〇】
「ああ。これは先週の運動会の写真だ」

【〇〇】
「これは玉入れが終わったあとだな。オレたち2年3組が団結してたくさん点を取った、記念すべき一枚で……、ヒロイン?」

【ヒロイン】
「……先週の写真、なんだ、ね……?」

【ヒロイン】
「そ、っか。……私が、知らなかった、だけ……っ、なんだね」

【〇〇】
「おい、どうした。なぜ泣いてるんだ?」

【ヒロイン】
「だって、こんなのって……ないよ。うそ、だよね……?」

【〇〇】
「何の話をしてるんだ。なぁ。ハッキリ言ってくれないとわからない」

【〇〇】
「ヒロイン。少し落ち着いて話してくれないか?」

【ヒロイン】
「落ち着くなんて……、無理だよ!」

【ヒロイン】
「だって、だって……っ!」

【ヒロイン】
「……この女の子、ずるい」

【ヒロイン】
「この子も、その子もあの子もこの子もみんなみんなみんな、ずるい!」

【ヒロイン】
「ずるい、ずるいずるいずるいずるい! そんなの、私は認めないから! いや! 絶対、絶対に……っ」

【〇〇】
「お、おい、ヒロイン……! っ、あ、何するんだよ!」

【ヒロイン】
「こんなものっ! こんなもの、こんな、もの……っ!」

ヒロインはオレの持ってきた写真を何度も足で踏みつける。

そうして、ハッとしたようにオレを見たかと思うと、

【ヒロイン】
「……っ!」

そのまま自転車に乗って去ってしまった。

;▲

その日から、彼女は少しずつ狂っていったように思う。

はじめは、オレが他の女の子と遊ぶと機嫌が悪くなったり、悲しそうな顔をするぐらいだった。

それがじわじわと少しずつ。しかし確実にあからさまになっていって――他の女の子への敵意に変わった。

;▲監禁場所

歩く度に、じゃらりと鎖の音がする。

今は、鎖付きの首輪をつけられて室内を歩いているところだった。

基本的には椅子に拘束されているのだが、排泄の際や、ヒロインの気が向いた時などはこうして歩くように言われる。

【ヒロイン】
「はー……やっぱり、〇〇くんの歩く姿も綺麗だね。かっこいいね。素敵だね」

その口ぶりからすると、オレの姿を見て楽しんではいるようだ。

しかし、なんとなく違和感がある。

【〇〇】
「お前は、オレに何もさせない方が良いんじゃないのか」

【〇〇】
「排泄も食事も睡眠も性も、すべて管理しようとは思わないのか」

【ヒロイン】
「……どうしてそんな風に考えたの?」

【〇〇】
「そういう人間もいる、と何かの本に書いてあった」

それが実際の話だったのか、創作物かは覚えていない。

ただ、昔、少しでもヒロインの心情を理解できないかと思って様々な本を読みあさった時期があり、そういった記述があった事だけを記憶している。

【〇〇】
「オレを、オレ1人では何もできないぐらいにした方が、都合がいいんじゃないのか」

【ヒロイン】
「……そうだね。そんな風に、私なしだと何もできない〇〇くんも魅力的だよね」

【ヒロイン】
「そうしようと思った事もあるよ。なにもかも私がやってあげて、〇〇くんを独り占めするの」

【ヒロイン】
「それって、素敵だよね」

彼女は想像しているのか、恍惚とした表情を浮かべる。

しかし軽く目をつぶったかと思うと、ゆるゆると首を振った。

【ヒロイン】
「でも、今、無理やりそうしようとは思わないかな」

【ヒロイン】
「だって、未来があるからね」

【〇〇】
「……未来?」

【ヒロイン】
「1年後の結婚式だよ。その時は、会場まで行かないといけないよね」

【ヒロイン】
「その時に〇〇くんが動けなかったら困ると思う。だから、しないんだよ」

【〇〇】
「……そうなのか」

少し意外だった。

【〇〇】
「お前なら、オレを抱えて連れて行くぐらいすると思った」

【ヒロイン】
「もう。……それはさすがに、無理だよ」

【ヒロイン】
「私は〇〇くんに何でもしてあげたいって思っているけど、できない事があるっていうのは理解しているつもりだよ」

【ヒロイン】
「無茶をして、〇〇くんを傷つける事はしたくないからね」

【〇〇】
「……監禁は無茶ではないのか」

【ヒロイン】
「全然無茶じゃないよ」

【〇〇】
「警察に見つかれば逮捕されるぞ」

【ヒロイン】
「ここはお姉さまが教えてくれた場所だから、きっと大丈夫。結婚式までぐらいなら、見つからないよ」

【〇〇】
「……お前に、姉なんていたのか?」

【ヒロイン】
「ううん。血はつながってないよ。お姉さまは、一度だけ会話した憧れの人」

【ヒロイン】
「お姉さまは『偽りの恋愛をするぐらいなら、死を選ぶ』って信念を持っていてね。……本当に、死んでいった」

【〇〇】
「……なんだそれ」

嫌悪感がおそう。

すごいよね。とヒロインは騒いでいるが、それは本当に凄いと言っていいものなのか。

そんなもの、ただの自殺志願者ではないか。気持ちが悪い。

……いや。湧き上がるこれは、自己嫌悪なのかもしれない。

【〇〇】
「お前はオレでいいのか」

【ヒロイン】
「え?」

【〇〇】
「その信念に憧れるという事は、お前も、好きではない人間と結婚するのは反対なんだろう?」

【ヒロイン】
「うん。そうだね」

【〇〇】
「だったらオレはよくない。オレは、死にたくないからお前と結婚しようとする男だぞ」

【ヒロイン】
「……いいんだよ」

【ヒロイン】
「〇〇くんは今、何も考えなくていいんだよ。私の傍にいてくれたら、それでいい。それだけで私は幸せなんだから」

【〇〇】
「……そうか」

何も考えず傍に、か。

……それは、いつまで続くんだろうか。

やはり、一生なんだろうか。
;▲黒

同じような時間が続く。

ヒロインは暇さえあればオレの名前を呼び、ベタベタと触る。

ただ傍にいればいいと繰り返し言って、片時も離れようとはしない。

オレはそんなヒロインを、ぼうっと眺めていた。

何もせず、本当にただ、そこに存在していた。

……。

…………。

;▲
【〇〇】
「……?」

目覚めた時、何かがおかしいと思った。

寝起きでうまく働かない頭を揺らし、軽く伸びをする。

そうして、気が付いた。

【〇〇】
「拘束が、解かれている……」

両手も両足も、自由に動く。

首に手をあてても首輪をつけられているわけではなく、立ってみても鎖の音は聞こえない。

それに――ヒロインがいない。

【〇〇】
「どういう事だ……?」

この場所が、警察にでも見つかったんだろうか。

しかしそれなら、警察官の1人や2人はオレの傍にいるものだろう。そんな気配はまるでない。

警察ではない誰かがここに来たとしても、オレの拘束がここまで綺麗に解かれているというのはおかしい。

そう考えると……。

【〇〇】
「ヒロイン……? これは、何かの遊びか?」

また、彼女の謎の理論によって、何かをやろうとしているのだろうか。

オレは気味の悪さを感じつつ、ゆっくりと室内を歩いてまわる。

争ったような形跡はない。オレが拘束されていない事と、ヒロインがいない事さえのぞけば昨日までと同じだ。

たいして探る必要性も感じないため、まっすぐにドアの方へ向かい、ドアノブに手を伸ばす。

【〇〇】
「……」

ごくり、と1回つばをのみこんでから、回す。と、少しきしんだ音をたてつつも、ドアは普通に開いた。

その先にも誰の姿もない事を知ると、自然と息が漏れる。

;▲別の部屋
【〇〇】
「ヒロイン? いないのか……?」

【〇〇】
「出て行っていい、って事なのか?」

やはり、ここにもヒロインはいない。

このまま出て行ってもいいのだろうか。それとも、これは罠なのだろうか。

時間が経てば経つほど、他に誰もいない空間が落ち着かなくなり、周囲に視線をめぐらせる。

そうして、テーブルの上に置かれたそれを見つけた。

【〇〇】
「数冊の……日記?」

表紙に書いてあるのは、日記という文字と、ヒロインの名前だ。

隠す様子もなく置いてあるから、これは、読めという事なんだろうか。

とりあえず、と。オレは、「ぱーと1」と書かれた日記帳を開いてみた。

;▲日記
今日は、隣のベッドに男の子が来た。
名前は〇〇くん。私と同じ8歳。
〇〇くんは、ブランコから飛び降りたら足の骨を折っちゃったんだって。
同じ骨折でも、階段を踏み外した私とはちがって、なんだかかっこいい。
他にも、いくつかかっこいい話を聞かせてくれた。楽しいな。
男の子とはあんまり話した事がなくてドキドキしたけど、少しでも話せてよかった。
昨日までつまらなかったのが、嘘みたい。

今日は、〇〇くんと一緒に飴玉をなめた。
あんまりお小遣いがもらえないんだ、って話をしたら、〇〇くんもいっしょだって言ってた。
だから2人でお金を出し合って、売店で買ったんだよ。

おいしそうなお菓子がたくさんあって、あれもいい、これもいいって悩んだけど、たくさん入っているからって〇〇くんが選んだのが飴だった。
本当は、わたしはクッキーがいいなって思っていたんだけど、〇〇くんが嬉しそうに飴を舐めるからいいかなって思った。
それに、飴は溶けるまで時間がかかるから、クッキーよりもおいしい時間が長かったと思う。
〇〇くんの言った通り、飴玉にしてよかった。

嬉しくて「〇〇くんが好き」って言ったら、〇〇くんは「嬉しい」って言ってくれた。
〇〇くんが嬉しいなら、私はもっと、好きって言う事にしよう。

今日は、〇〇くんと一緒にトランプをした。
途中で、〇〇くんの弟だっていう男の子も混じった。〇〇くんのお母さんもはいった。他の病室から、同じくらいの女の子も2人まじった。
みんなで七並べをした。
6人で七並べをするなんてはじめてで、いつもより自分がもつカードが少ないことにびっくりした。
でも、2人で遊ぶよりずっとずっと楽しかった。
〇〇くんは、いつもこんな風にたくさんの人と遊んでいるんだって。
すごい。
みんなの中心になって話を盛り上げる〇〇くんは、やっぱりかっこよかった。

私が、「私のお父さんもお母さんも、いそがしくてあんまり来てくれないからうらやましい」って言った。
そうしたら、〇〇くんは「他の誰かがいなくても、オレがいるだろ」って言ってくれた。
〇〇くんは、やっぱりかっこよかった。
私のさびしさなんて一気に消えちゃった。
〇〇くんって、きっとなんでもできるんだ。すごい。

今日は、私の退院の日。
これでお別れなんだって思って寂しかったのに、〇〇くんはずっと寂しがるんじゃなくて、悔しがっていた。
「どうしたの?」って聞くと、〇〇くんは言った。「オレの方が早く退院して、いろんなもの持ってお見舞いに通うつもりだったのに」って。
うれしかった。

そっか。これでお別れじゃないんだね。
ちょっと遠いけど、私は毎日自転車で病院に行くって、決めた。

今日は、〇〇くんのお見舞いにいった。
せっかくのお見舞いなんだから、入院していた時とは違う事をしたいと思って、家でチョコレートをつくってみた。
ちょっと溶かして固め直しただけだけど、手作りのものなんて初めてだったから、もっていくのにドキドキした。
ドキドキしすぎて、渡す時にうっかりばらまいちゃった。
床にちらばったチョコレートを見て、私は泣いた。

泣きながら広い集めようとしたら、〇〇くんがひょいって拾って食べてくれた。
それから「交換だ」って言って、飴玉をくれた。
なんだかそれがうれしくって、私がもっと泣いたら、〇〇くんは慌てて何個も私の口に飴を放り込んできた。
口の中が飴でいっぱいで、びっくりして泣き止むと、〇〇くんは「よかった」って笑った。
その時に私は思った。
〇〇くんのお嫁さんになりたいな、って。

そうしたら、ずっとこの笑顔を見る事ができる。
私を嬉しくさせてくれた分だけ、お返しとして、もっと〇〇くんを笑わせてあげたい。

;▲部屋

【〇〇】
「……普通だ」

拍子抜けするぐらい、何の変哲もない日記だ。

その後も、「〇〇くんと遊んだ」とか、「〇〇くんと勉強をした」とか。

そんな、あの頃の平和な日常が綴られている。

【〇〇】
「……まるで、別世界の事みたいだな」

当時は当たり前にあった日常が、今では逆に非現実的に感じてしまう。

その事が徐々に嫌になって、もう読むのはやめようかと思った頃。

日記の雰囲気がかわった。

;▲日記
今日は、何も書きたくない。

今日は、

今日は、

今日は、

今日は、

今日は、
;▲
【〇〇】
「なんだ……?」

今日は、と書かれたままその先が記されていないページが続く。

日付だけは毎日しっかり記入されているから、最初に書かれていた通り、「書きたくない気分」というものになったんだろうか。

書くのに飽きたのかもしれない。

そう思いつつもページをめくり続けていると、数十枚後にようやく他の文字が綴られていた。

;▲日記

今日は、日記を書こうと思った。
本当はまだそんな気分じゃないよ。
でも、書く事で少し落ち着くかもしれないって思ったから、書く。

あのね。〇〇くん、2年生だった。
だって、写真にそれがうつってた。
〇〇くんが見せてくれた、運動会の写真。そこに書いてあった。2年生だって。持ち物に、そう書いてあった。
〇〇くんも言ってた。2ねん3くみなんだって。
そんなの信じたくなくて、私は写真を破っちゃった。

〇〇くんはおこってた。ごめんね。〇〇くんに、悪い事しちゃった。大事な写真だったのに、びりびりにしちゃった。
でも、だって、そうしなきゃ、いやだったの。信じたくなかったの。
こんなの、いやだよ。

〇〇くん、私より年下だったんだね。
私、ちょっと前にお母さんに聞いたから知ってるよ。この国の、ほうりつっていうので決まってるって知ってる。
けっこんできないの。

私は、年下の〇〇くんとは、ぜったいにけっこんできないの。
そんなことをしたら、みんなから怒られちゃう。だから、ダメなんだって。いけない事なんだって。
これは、他のルールとは違う。絶対に、絶対にやぶっちゃいけないんだって。怒られるだけじゃ済まないんだって。諦めるしか、ないんだって。
どうして私、3年生なんだろう。
〇〇くんも私も、8歳だった。でも、私は3年生で〇〇くんは2年生。
ちがった。
一緒じゃなかった。
なんで。なんでなんでなんでなんでなんで。

けっこんできないんだよ。
私がどんなに〇〇くんを好きになっても、〇〇くんは他の女の子にとられちゃうんだよ。
そう決まってるんだよ。
いやだよ。
いやだ。
いやだ!

;▲
【〇〇】
「え……?」

その文字の羅列を見て、心臓が早鐘のように打つ。

【〇〇】
「これは……」

耳鳴りがした。

自分と、この日記帳だけが世界から隔離されたかのような感覚を覚えながら、ただ、ひたすらに文字を追う。

;▲日記

今日は、〇〇くんと遊ぶ約束をしていたけど、やめた。話なんてできる気分じゃなかった。
かわりに、こっそり遠くから〇〇くんを見ていた。
見つけた〇〇くんは、数人のお友達に囲まれていた。
その中には、女の子もいた。
きっと、あの女の子たちは〇〇くんと同じ年の子か、少し年下なんだ。〇〇くんと結婚できるんだ。

ずるい。ずるい。なんで、私はだめなんだろう。

お母さんは、いつも言ってた。
男の子と遊ぶなら、結婚できる相手にしなさいって。それ以外の男の子と遊んだらいけません、って。
なんでだろうって思ってた。変なのって思ってた。
でも、こういう事だったんだ。
こんな気持ちにならないためだったんだ。
私はお母さんからのいいつけをやぶっちゃったから、こんなに苦しいんだ。

私は遠くから〇〇くんを見ながら、1人で泣いた。
〇〇くんは、楽しそうに他の女の子と遊んでた。

今日は、久しぶりに〇〇くんと話をした。
写真の事をあやまった。
〇〇くんはすぐに許してくれて、いろいろ遊んだ。楽しかった。
でも、ふとした時に泣きたくなった。
〇〇くんが何回も飴玉をわたしてきたのは、きっと私が泣きそうな顔をしていたからなんだと思う。
こんな事じゃだめだよね。
〇〇くんとは、もう会わないようにしよう。

今日は、〇〇くんが家に来た。
もう会わないって決めたのに、来てくれて嬉しいって思っちゃった。
少し話をしたら、どうしようもなかった。
我慢なんてできない。
好きだよ。好きで好きでしょうがないんだよ。〇〇くん以外の男の子と結婚するなんて、考えられないよ。
だから、他の事を考えて、たくさん悩んで……決めた。

私は、〇〇くんから「好き」って言ってもらわなくてもいい。嫌われてもいい。怒られてもいい。
ただ、傍にいたい。
殺されてしまうまで、〇〇くんの事だけを考えていたい。
生きている限り、精一杯、生きている〇〇くんを独占する。
それぐらい、許してもらえるよね?

今日は、〇〇くんと遊んだ。
でも、今日も〇〇くんは女の子の話をする。
私が奪ってしまいたいけど、奪っていられるのはちょっとの間だけ。ずるい。
他の子の話をしないでって言ったら、〇〇くんは謝ってくれた。
「ごめんな。ヒロインといるんだから、他の子の話なんてしてもつまらないよな」だって。
そのあと、気を使って私の話を聞いてくれた。他の人間は関係ない、面白い話をして笑わせてくれた。
その事は嬉しかった。

でもね、違うんだよ〇〇くん。
本当は、私といる時じゃなくても他の子の話なんてしてほしくない。
〇〇くんには私だけを見ていてほしい。
そう言いたいけど……だめだよね。
私は、〇〇くんの恋人にはなれない。お嫁さんにもなれない。
一生、ただの私だ。そんな事を言う権利なんてない。

今日は、変な女の子と会った。
「〇〇くんを取らないで」って言われた。
なにそれ。変だよ。〇〇くんをとってるのは、そっちでしょ。
それに、私には〇〇くんを取るなんて事、絶対にできないのに。

今日は、また変な女の子が来た。
取っ組み合いの喧嘩になった。

今日は、闘った。
あの女の子に言われた。
「アンタなんか、〇〇くんと結婚もできないくせに」って。
知られた。
どこからか知らないけど、バレたんだ。最悪だった。

その女の子は、ギャーギャー騒いでた。
結婚できない、できない、できない、できない。
そんな事、誰よりも私が知ってる!
バラされたくなかったら、〇〇くんから離れなさいって言われたら、大人しく引き下がるしかなかった。
悔しい。
これからはもっと気をつける。絶対に、〇〇くんには私が年上だってバレないようにしなくちゃ。
そのためにも、あの女の子は絶対に許さない。

ただ、あの女の子は興味深いことも言っていた。
「アンタなんか〇〇くんの傍にいる資格はない」って。
それだけは納得しちゃった。
そうなんだよ。言われてみればその通り。
〇〇くんの傍にいるには、それにふさわしい人間じゃなきゃだめなんだよ。
ふさわしくない人間に時間を使わせるわけにはいかないから、そんな人間はみんな、排除しなくちゃ。
排除するために、私は〇〇くんをずっと見守るんだ。

今日は、〇〇くんの周りにいた女の子を全員片付けた記念すべき日。
やった。やった。ちょっとドキドキしたけど、うまくいった。
私、頑張ったよ。朝も昼も晩も、いろんな人のところについていって、秘密を探ってあげた。
脅してきた女の子も、脅し返してあげた。
ああ、あの顔。怖がっちゃって、最高の気分!ざまあみろ!
少し脅しただけで逃げていっちゃうなんて、弱虫ばかりだった。やっぱり価値がない。

あ、でも……1人だけ、頑張って粘っている子がいたんだっけ。
あの子は本当に〇〇くんの事を想っているんだってわかった。私と同じような目をしていた。
だからちょっとだけ、悪い事しちゃったかな。

……ううん。でも、いいよね。結局逃げたんだから、所詮それだけの愛だったって事だよ。
そんな人、〇〇くんの傍にいるのにふさわしくない。害しかない。
それに、もし本当にあの子がいい子なら、もしかしたら〇〇くんと結婚できるかもしれない。
私には無い可能性をもっている。
だったら、私が18歳になるまでは、〇〇くんをもらってもいいよね。独占してもいいよね。
私には、その資格があるよね?
……あるよね?

ふと思った。
〇〇くんの周りに寄ってくる女なんて、みんなふさわしくない女ばかりだ。
つまり、全員排除。
そうして全員消えちゃったら、〇〇くんは誰と結婚するんだろうね?
……結婚、できないのかな?

もしそうなったら、仕方ないよね。
〇〇くんは私と同じように国に殺されちゃうんだね。おそろいだね。
死んだあとに私のところに来てくれるのかな。そうしたら独り占めだね。
それも良いかもしれないね。
こんな国にいるより、そっちの方が幸せかもしれないよね。

また、私と〇〇くんの時間が消えた。
2人きりでいたかったのに、あの男が邪魔をしたんだ。
友達だからって大目にみていたけど、やっぱりだめだよね。あれは友達としてもふさわしくない。

ああ。それにしても焦っちゃう。
私の時間は限られてる。あと数年間しかない。私が〇〇くんと一緒にいられる時間は、今この瞬間にも減っている。足りない、足りない。
減っていくものを必死でかき集めようとしているだけなのに、女も男も、資格のない人間ばかりが寄ってくる。〇〇くんと私の邪魔をする。
そんな相手に、容赦はしない。

ちょっと疲れた。
あとからあとから、〇〇くんに悪影響を与える人間ばかりがあらわれる。
なんでうまくいかないんだろう。人が寄ってくる度に〇〇くんは困ったような、苦しそうな顔をしている。可哀想。

私は〇〇くんが好き。愛してる。
愛するんだから、〇〇くんを大切にしなくちゃ。苦しめちゃだめ。そんな存在がいたら、真っ先に排除してあげる。
でも、最近〇〇くんは少し元気がない。
なんだか、前より感情表現も少なくなった。おしゃべりするのもあんまり楽しそうじゃない。
……どうしちゃったんだろう。心配。

あ、そうだ。
前みたいに、手作りのチョコを渡してみよう。
栄養がつくように、いっぱい、いろんなものを入れてみようかな。
なにがいいかな。

学校で素敵なお姉さまに出会った。
よく噂に聞いていた人で、中学校に入った時から一度会ってみたいと思っていたの。ああ、話ができてよかった。
そのお姉さまは、恋人をつくらない人。
いないんじゃなくて、つくらない。結婚する気はないってキッパリと言い切っていた。
「本当に好きな相手でもないと結婚したくないが、今のところそんな相手が見つかるとも思えない。だからおそらく私は死ぬだろう」って。
平然と。何の迷いもなく口にするその姿は、とても美しかった。
私の、理想だと思った。

お姉さまの話を聞いていたら、私は思わず自分の事を喋っていた。
私の話を一通りきくと、お姉さまは「どうしても独占したいと思ったら、落ち着いた場所で2人きりになって、しっかり話をすると良い」ってアドバイスをしてくれた。
それに適した場所も教えてくれた。

お姉さまは、もうすぐ行われる結婚式で恋愛監獄におくられるんだと思う。たぶん、もうお話する事はできない。
……もっと早く出会えていたら、良かったな。

あっという間に時間が過ぎていく。
最近、時計が怖い。
一秒ずつ、〇〇くんとの時間が削られていくのがわかる。
毎日〇〇くんの顔を見ても、〇〇くんの声を聞いても、〇〇くんを遠くから眺め続けても、まだ足りない。私はどの一秒にも〇〇くんの事しか考えていないと、自信をもっていえるのに。
全然足りないよ。
もっと〇〇くんの顔が見たい。もっと他の表情を見たい。もっと話がしたい。もっと声が聞きたい。もっと触りたい。もっと〇〇くんの役にたちたい。もっと〇〇くんに好きって言いたい。もっと。もっともっともっともっともっと。

ねぇ、〇〇くん。〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん〇〇くん。

ああ、何回名前を書いてもたりないよ。
そういえば、お姉さまも言ってたんだっけ。
落ち着いた場所で2人きり……。そっか。それってつまり、監禁だ。
〇〇くんを、監禁しよう。
死ぬ前まで傍にいれば、私のこの気持ちも少しはおさまるかもしれない。

;★白紙が続く

ねぇ、〇〇くん。ここまで全部、読んでくれた?
読んでくれたよね。〇〇くんならそうしてくれるって、私は知ってるよ。

私は、好きになってほしいなんて言わない。
この先も独占したいなんて言わない。私はもう、一生分独占した。足りないけど、そう思い込むから。
だから、これが最後のわがまま。私の事を忘れないでね。

〇〇くんがこれを読む頃には、もう私はいない。〇〇くんが知らないところで死ぬよ。
私は、〇〇くんに恋をしたから殺される。
そんな事を知ったら、優しい〇〇くんは私の事を忘れられないよね?
だから覚えていてね。

心の片隅にでも私の事をひきずって、結婚できずに死んでくれたら嬉しい。
でも、結婚して私の事を引きずりながら生きてくれても嬉しい。
あれだけふさわしくない人間を排除したんだから、きっと今の〇〇くんなら、素敵な人があらわれてくれると思うよ。

本当は私と同じように死んでほしかったんだけど、一緒に過ごして思ったんだ。
〇〇くんにはやっぱり生きていてほしいな、って。
だから、生きるか死ぬかは〇〇くんが選んでくれていいんだよ。
〇〇くんは、自由だよ。

ただ、私を、忘れないでね。

;▲
【〇〇】
「そんな……」

読み終えて、日記が手から滑り落ちた。

足元におちたそれを拾う気力は出せず、ただ、呆然と見る。

それでも、その文字は目に焼きついていた。

【〇〇】
「ヒロインが……殺される?」

オレはこれまで、何もわかっていなかったのか。

【ヒロイン】
『来年は〇〇くんがあんな風になるのかな、って思ったらね。監禁したくなっちゃった』

【ヒロイン】
『死ぬまで一緒だよ』

あれは、ヒロインが死ぬまで、という意味だった。

【ヒロイン】
『こうしていると、怖いことなんて消えちゃう気がするよね』

ヒロインは、怖がっていたのか。

【〇〇】
『オレたちの場合は、特別、誰かから反対された覚えはないが……』

【ヒロイン】
『許されてないよ』

ヒロインは、結婚できない事を知っていたのか。

【ヒロイン】
『……そうだね。結婚したら落ち着くかもしれないね』

【ヒロイン】
『そうなったらいいね』

ヒロインは、オレ以外の誰かと結婚する事を放棄していたのか。

【ヒロイン】
『私は〇〇くんに何でもしてあげたいって思っているけど、できない事があるっていうのは理解しているつもりだよ』

ヒロインは小学生のあの時から、ずっと1人でこの事実を抱えて、この国の制度に絶望して生きてきたのか。

彼女は本当にただ、限られた時間の中でオレと一緒に過ごす時を増やしたくて、足掻いていただけだったのか。

【〇〇】
「ハ。ハハ、ハ、ハハ……。なんだ、それ」

【〇〇】
「オレは……被害者じゃなかったのか」

ずっと、そう思っていた。

ヒロインがいたから、オレは「普通」から外れてしまった。

ヒロインが家族や友達をつかって脅してくるからしかたない。他の女の子に近付かないでと泣いてくるからしかたない。

ヒロインが狂ってしまっているから、オレはそれを許容して、しかたなく結婚するしかない。

そんな風に思って過ごしてきたというのに――全部違ったのか。

ヒロインが脅してきた事も泣いてきた事も、それによってオレが普通ではなくなった事も事実だろう。

だが、仕方ない事なんてなかった。

【〇〇】
「オレにはもっと、できる事があったはずだろ……?」

彼女の話を聞く事もできた。察する事もできた。凶行を止める事もできた。

それなのに、オレは途中でそれらを放棄して、諦めてしまった。

だからオレは被害者であり、加害者だ。彼女を追い詰めたのは、オレだ。

もっと早くオレが気がついていれば、じっくりと話し合う事ができただろう。

彼女がオレに話してくれたら、その苦悩を分かち合う事ができただろう。

今更そう考えても――もう、遅かった。

;~エンディング~

;▲恋愛監獄

【男性】
「君は運がいいほうだ」

【男性】
「本来、この場所は施設関係者か、非恋愛犯罪者しか入る事ができない場所だからね」

【〇〇】
「……そうなんですか」

あの後。オレは恋愛監獄の場所を探すと、扉の前に立ち、中に入れてくれと懇願し続けた。

そうして、いさぎよく中に入れてもらえる事になったのが、今。

この施設の関係者だというこの男性に口利きをしてもらったおかげで、この場所を歩くことができている。

【男性】
「……〇〇君」

【男性】
「君は、ここへ来て何をするつもりなんだい」

【男性】
「君が恋人だと言い張っても……結婚をしようとしても、鐘の音は鳴らないよ」

【〇〇】
「わかっています。いまさら、オレは彼女の恋人にはなれません」

【〇〇】
「オレには、彼女が好きかどうかもわからないんです。前まではたしかに好きだったはずなのに、途中から、わからなくなってしまった」

【〇〇】
「それでも……なにか。これまで何もできなかった分、何か1つだけでもしたかったんです」

;▲

【〇〇】
「ヒロイン……」

室内に入り、処刑用の椅子に拘束されたヒロインを前にして、悟ってしまった。

今のオレは、どうしようもなく無力だ。

【〇〇】
「……ヒロイン」

【〇〇】
「なぁ。1つだけ、教えてくれないか」

【〇〇】
「なぜ、そんなに嬉しそうなんだ」

【ヒロイン】
「……〇〇くんが、私と一緒だからだよ」

【ヒロイン】
「私は、諦めよう、忘れようって思っても、〇〇くんの事が絶対に忘れられなかった。何をしていても思い浮かんだ」

【ヒロイン】
「〇〇くんも、そうなんだよね。私の事が忘れられなくて、何もせずにいる事ができなくて、こんな場所まで来てくれたんだよね」

【ヒロイン】
「〇〇くんも同じ気持ちを感じてくれたって思うと、すごく嬉しいよ」

【〇〇】
「……そうか。同じ気持ちになれば、嬉しいのか」

【ヒロイン】
「うん」

彼女は静かにうなずいて、それきり、口を閉じた。

その態度から、もう話す気がないのだと伝わってきて、オレも視線を男性の方へと戻す。

【〇〇】
「……お願いがあるのですが」

【男性】
「なんだろうか?」

【〇〇】
「オレに、彼女を殺させてください」

【男性】
「……君は、何を言っているんだ?」

【〇〇】
「わかっています。オレは変な事を言っていますよね」

周りの人間から、奇異の目で見られている事はわかっている。

でも、感情がついていかない。激情が湧くことを望んでも、そこまでのものは出てこない。

ヒロインを見て胸の痛みを覚える一方で、どこまでも落ち着いて、冷めた目で現状を見ている自分がいる。

【〇〇】
「普通は、もっとわめくのかもしれません。泣いたり、怒ったりして、なんとかしてヒロインを助けようと思うのかもしれません」

【〇〇】
「でも、オレは普通ではないんです」

オレはもう、彼女を普通に愛する事なんてできない。

監視される事が日常で、脅される事が当たり前で、監禁される事にも慣れてしまった。

もう、普通の日常には戻れない。

【〇〇】
「おかしくなってしまったオレにできることは、もっとおかしくなる事だけなんです」

【〇〇】
「ヒロインが感じた絶望を、オレも感じる事だけしか、できないんです」

【〇〇】
「オレの手によって彼女が死ねば、オレはもう絶対に、彼女の事を忘れるなんてできません」

【〇〇】
「何をしていても、ふとした時に思い出すでしょう」

【男性】
「……っ」

男性は息を呑み、信じられないものを見るような目でオレを射抜く。

だが、他の人間の反応は違った。

死刑執行人が何やら通信を始めたかと思えば、素晴らしいだとか、面白いだとか、やってしまえだとか。そんな声が漏れ聞こえてくる。

それが誰の声なのかは知らないが、結果的に、オレが殺してもいい事になったようだ。

【男性】
「君は……本当に、それでいいのか」

【〇〇】
「良いも悪いもありませんよ」

【〇〇】
「今のオレが考えつく愛し方なんて、これしかないんですから」

オレは言いながら、手を伸ばす。

そうして震える指先で、死刑執行のためのボタンを押した。


終わりに


「独身監獄」「年齢制限」「脅迫恋愛」「愛情試験」に関してはそこまで大きな修正をしなかったため、公開は控えておきます。
結婚主義国家全体を通してのボツは、
ブログで公開した初稿分+こまごまとしたボツ15万文字ほど でした。
とりあえず思うままに書きあげてから修正する、という無計画さが表れているかと思います。
もしご覧頂いた方の中に、「物語を作っているけど完成しない!」という方がいれば、こうして「とりあえず最後まで書いて後で修正する」も作り方として1つの案かと思い、提示させて頂きました。
私自身、初めから完璧を求めて完結できない事も多い為、自分への戒めでもあります。
初稿の公開は恥ずかしい気持ちもありましたが、少しでも楽しんで頂けていれば幸いです。
ご覧頂きありがとうございました!

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