シナリオ編<オマケ14>「ボツシナリオ(5)魔王&勇者モノ<10>ラスト」 第118回ウォーターフェニックス的「ノベルゲーム」のつくりかた

第118回 シナリオ編<オマケ14>「ボツシナリオ(5)魔王&勇者モノ<10>ラスト」
執筆者:企画担当 ケイ茶


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他の会社さんや、個人のクリエイターがどうやってノベルゲームを作っているのかはわかりません。
ここに書かれているのは、あくまで私達「ウォーターフェニックス」的ノベルゲームのつくりかたです。


ケイ茶です。
前回の続きです。
今回で長かったボツシナリオ「魔王&勇者モノ」もラストになります。

もし、このボツシナリオに最後まで付き合って下さった方がいましたら、ありがとうございます!
微妙に愛着がわいても、今回でラスト・・・もちろん、完結しておらず中途半端です。
ここまでで、面白くなかった!と思われた方・・・それが、結局ここまで書いてボツになった一番の理由です。

「魔王&勇者モノ<10>」


 

;▲★主人公視点

@主人公
「準備できるのは、これぐらいか……」

石版の勇者の世界に移動できるようになり、我は準備をととのえた。

まず、魔物たちの配置を改めて確認し、我が不在の時に勇者が現れた場合の指示も出しておいた。

引き続き、魔物たちのあいだで訓練を続けるようにも言っているため、そうやすやすと勇者に遅れをとる事はないだろう。

念には念をいれて、回復の薬草や薬、罠なども改めて用意した。

空腹時には各自の判断で、数を減らさない程度に街の人間を食すようにも言ってある。

ここまで徹底すれば、大丈夫だろう。

@主人公
「ハエレティクス・ゲート!」

覚悟を決めて鏡に手を伸ばすと、それは最早鏡を超えて大きな扉として出現した。

@主人公
「これならば、我と共にもう1匹ぐらい通る事ができそうだが……」

@魔物Lv5
「ぴぎゃ! ぴぎゃ!」

@魔物Lv45
「ぴぎゃあ!」

@魔物Lv100
「ぴぎゃーっ!」

我が言うと、途端に周囲の魔物が騒ぎ出した。我こそはと名乗り出てくれるのは嬉しいが、安易に選ぶわけにもいかぬ。

現時点で、石版の勇者の強さは未知数だ。

防具や武器の類を何も装備しておらぬ点からすれば、たいした脅威ではなさそうだが、油断は大敵だろう。

そうなると、ある程度の強さをもった……。

@魔物Lv300
「グルル……」

@主人公
「そうだな。この中で一番強いお前がくるか? 魔物よ」

@魔物Lv300
「グギャア!」

@主人公
「よし。ならば、我が後ろについて来い」

@魔物Lv5
「……」

@魔物Lv5
「ぴぎゃ……」

@主人公
「お前も、そう落ち込むな」

@主人公
「異界に連れて行くことはできぬが、お前にはこの城を守るという役目がある」

@主人公
「我が不在の間、皆を頼むぞ」

@魔物Lv5
「……ぴぎゃ!」

強くうなずいた魔物を眺めてから、我は一度深呼吸をし、

@主人公
「……では、行くぞ」

異界の地へと、足を踏み入れた。
;▲★ヒロイン視点

@ボク
「……自称魔王、いつ来てくれるのかなぁ」

わくわく。そわそわ。

さっきから落ち着かなくて、ボクはひたすら部屋の中を歩き回っていた。

こんな事をしたら、両親が来るかもしれないと思いつつも、どうしたってこの動きは止まらない。

@ボク
「ペットボトルだけど、お茶も用意した。お菓子は、いいものがなくてポテトチップスになってしまったけど……まぁ良いだろう。うん」

さて。自称魔王は、いったいどんな風にあらわれるんだろう。

普通に考えたら、いきなりボクを殺そうとしてくれる人なんているはずない。

そんな事をしたらその人は犯罪者だ。殺人犯だ。警察直行だ。

今後の人生すべてを投げ打ってまで、見ず知らずのボクを殺そうとはしないだろう。

けれど、この自称魔王はそんな常識にはとらわれない。そう、ボクは確信している。

だって、ブログのコメントを見ればわかる。

この人は――普通じゃない。明らかに狂ってる。異常者だ。

@ボク
「だから、きっと……来る」

@ボク
「ボクを殺しに来てくれ……、っ!?」

なんだろう。

眺めていたブログの画面がいきなり……歪んだ?

いや、違う。なにか、文字がバラバラになっている。

画面の中をぐにゃぐにゃと動いて、黒い塊のようになって……。

@ボク
「……あ」

なにこれ。……不思議な景色が見える。

ううん。それよりも、その奥から何かが聞こえる。地響きのような、大きな音だ。

それが、どんどん大きくなっていって……。

@ボク
「な……っ」

その音と共に、突然、それは目の前に現れた。

@???
「……ここが、異界か」

@???
「グルルル……」

なんだ、これ。

目がある。足がある。手がある。牙がある。しっぽがある。……動いている。

ゆっくりと室内を見回すその瞳を目にすると、ぞわりとした寒気がはしった。

@???
「約束通り、来たぞ」

@ボク
「え……?」

@???
「どうした、その顔は」

@???
「この我を……魔王主人公を呼び、殺されたいと願っていたのは貴様だろう?」

@ボク
「魔王……?」

そんな。これが、あの自称魔王だって?

@自称魔王
「いかにも。我こそが魔王主人公。そしてこちらが、我が愛すべき魔物だ」

@自称魔物
「グルルル……」

なんだこれ。魔王に、魔物だなんて……。

@自称魔王
「ほぅ。怯えているのか? どれ、その顔をもっと近くで見てやろう」

@ボク
「ひっ……!」

@自称魔王
「あれほどの発言をしていたから、どんなものかと思ったが……」

@自称魔王
「他の勇者と大して変わらんな。実に、貧弱だ」

@自称魔王
「我が指一本触れるだけで、消し飛んでしまいそうではないか。ん? どうした。触れて欲しいか?」

@ボク
「いや……。いや、だ……」

嘘だ。嘘だ、嘘だ。嘘だ!

@自称魔王
「ククク。どうした。膝が震えているぞ?」

@ボク
「違う……。ボクが望んでいたのは、こんなのじゃない!」

@ボク
「もっと普通の……普通に、頭の狂った異常者に来て欲しかったんだ!」

@ボク
「こんな魔王なんて……っ。ボクは、求めてない!」

こんなのありえない。

現実的じゃない。

こんな変な出来事が現実で起こるわけがなくて、こんな変な生物が現実にいるはずもなくて、こんな声が現実で聞こえるはずがない。

だから、これは……。

@ボク
「全部、ボクの妄想、って事なんだろ……?」

@自称魔王
「む?」

@ボク
「ボクを殺してくれるっていうのも」

@ボク
「魔王を自称する謎の人間も」

@ボク
「これまでの会話のやりとりも全部。全部、全部……」

@ボク
「ボクの頭が作り出した、幻想だったって事なんだろ?」

@自称魔王
「貴様は何を言っている?」

@ボク
「最悪だ、って言ってるんだ!」

……。

……は、はは。

よく考えてみれば、わかるじゃないか。

訪問者なんてたいしていなかったボクのあのブログに、コメントがくるはずない。まして、消すこともできない不思議なコメントなんておかしい。

魔王を自称する人間も、いるはずない。

そんな人間と会話をするはずもない。

魔王を自称する存在が、こんな風に現れるはずがない。

そうだ。あのコメントを書いていたのは本当に、異常者だったんだ。

ボクという頭のおかしい人間が、自作自演をしていたんだ。

存在もしないもののために茶菓子まで用意していたなんて、馬鹿みたいだ。

@ボク
「お前は、ボクの幻。お前はボクを殺してはくれない。結局、ボクを殺してくれる人なんていなかったんだ」

@ボク
「ボクはまた……死ねないんだ」

@自称魔王
「……恐怖のあまり、頭がおかしくなったのか?」

@自称魔王
「我が幻などと。現実逃避をされるのはつまらんな」

@ボク
「ハッ。じゃあなに? お前は本物の魔王だって?」

@自称魔王
「うむ。先程からそう言っているだろう」

@ボク
「は、ハハッ!」

@ボク
「だったら早く、ボクを殺してみせろよ!」

@自称魔王
「……」

@自称魔王
「言われずとも、殺してやるわ」

@自称魔王
「魔の奔流よ――闇と共に来たれ。究極魔法ダークネス・エルプティオ!」

自称魔王の手から、何か光のようなものが放たれたように見えた。

けれど、

@自称魔王
「グ、アアアアァッ!」

@ボク
「……」

それだけだ。ボクの身には何も起きていない。

@ボク
「どうしたんだよ。ボクを、殺すんじゃなかったのか?」

@自称魔王
「グ、ウゥ……どういう事だ。まさか、我が魔法が、跳ね返された、とでもいうのか……!?」

@自称魔王
「……っ、ウ、グ……あ、ありえぬ。ダークネス・エルプティオは、我が使える魔法の中でも最も強いもののはず……」

@自称魔王
「これは何かの間違いだ。……ダークネス・エルプティオ!」

@自称魔王
「よし。今度こそ、命中し……グ、アアアアァッ!」

@自称魔王
「なんだ。一体、な、にが……っ」

@自称魔物
「グルルル……」

@自称魔王
「お、おぉ、そうか。……そうだな。行け、魔物よ!」

@自称魔物
「グギャア!」

今度は、自称魔物がボクの前に立ったかと思うと、肩に噛み付いてきた。

……でも、それも同じだ。やっぱり、何もない。

@自称魔王
「大丈夫か、魔物よ!?」

@自称魔物
「グ、ウゥゥウ……」

@自称魔王
「くっ。こんなにボロボロになって……痛かっただろう」

@自称魔王
「待っていろ。今度こそ、我がこの勇者を殺してみせる。この、伝説の剣で……!」

@ボク
「……」

@自称魔王
「……っ、そんな……」

@自称魔王
「伝説の剣が……折れた……?」

@自称魔王
「それなのに、勇者の体には傷一つついておらぬだと……?」

ほら。目の前で繰り広げられている喜劇をみろ。馬鹿馬鹿しい。

やっぱり、幻じゃないか。

だからこそ、こんな都合の良い設定ができている。

この魔王は、魔王でありながらボクを殺せないという。そんなのはおかしい。

そんな話になっているのは、その方がボクにとって都合がいいからなんだろう。

幻の魔王が、ボクを殺すことなんてできるはずはない。だからこそ、そんな設定になったんだ。

それっぽく魔法をかけてきて。

@自称魔王
「エルプティオ! ヴィントホーゼ!(台風) シュトゥルム!(嵐) ハーゲル!(ひょう)」

それっぽく魔法を反射されて。

@自称魔王
「グ、アァァッ……!」

それっぽく傷ついて、苦しそうにして。なんだか小さくなって。

@自称魔王
「……なぜだ。なぜ、傷が、つかぬのだ……っ」

全部、それっぽい。それっぽいだけの幻だ。

こんなのは自称魔王でも、ましても本物の魔王でもない。

@ボク
「……お前なんて、ただの」

@ボク
「ボクの脳内魔王だ」
;▲★主人公視点

@主人公
「……く、ぅ」

ありえぬ。一体、何が起きているというのだ。

@主人公
「貴様は、なんなのだ……」

我は、万全の準備をして異界の扉をくぐり抜けたはずだった。

だというのに、この現状はなんだ。

我が手にしているのは、伝説の剣――の、柄。

刃はすでに折れ、床に突き刺さる事さえせずに雲散してしまった。

共に来た魔物は我の背後でぐったりと倒れこんでおり、我自身もまた、力があるとは言えぬ。

度重なる魔法の発動と、それに伴う勇者からのカウンター攻撃らしきものにより、魔力はほぼ尽きている。

先程、魔物に対して唱えた回復魔法が最後だろう。

@主人公
「……なんなのだ」

これはなんだ。我々が満身創痍だというのに、なぜ、この勇者は顔色一つ変えぬのだ。

@勇者ヒロイン
「なぁ、脳内魔王。もう終わりなのか?」

@主人公
「ぐ……」

一旦戻って体制を立て直そうにも、伝説の剣が折れてしまった時点で、我の魔力は激減した。

同時に、特殊能力ハエレティクスゲートの力も弱まってしまったため、我と魔物が移動するほどの隙間はない。

今あるのは、かろうじて目に見える程度のほんの小さな穴だ。

これでは、あちらには声さえも届かぬだろう。

@勇者ヒロイン
「どうしたんだよ。ボクを殺してくれよ」

@勇者ヒロイン
「殺してくれるって、言ったじゃないか。なぁ、脳内魔王」

@主人公
「ぐ、うぅ……」

脳内魔王とはなんだ。わけのわからない事を言うな。殺せるものならば、すでに殺している。

そんな言葉を発する気力さえも削がれていく。

この勇者が一言発するたび。ほんの少し、指先を動かすたび。その一つ一つの所作で感じる。

先程まで思わなかった事が不思議なくらいにひしひしと、肌を粟立たせる恐怖がある。歴然とした力の差が見える。

そう。我では――この人間は殺せぬ。

@主人公
「ぐ、う、うぅ……っ」

なんたる事だ。

これほどの屈辱を受けたのは、初めてだ。

目の前に勇者がいるというのに、殺す事はおろか、わずかな痛みさえ与える事ができぬとは。

この勇者がもしも我が世界に来たら、たちまち魔物たちは殺されるだろう。

どう考えても、放置しておいていいものではない。

だが、この力の差を埋める方法もわからぬ。

一体、どうすればこの勇者は死、

@勇者ヒロイン
「さて、自殺するか」

@主人公
「……は?」

……今、この勇者は何を言った?

@勇者ヒロイン
「他人に殺されようなんて考えをしたから、こんな変な脳内魔王なんて生まれちゃったんだろうな」

@勇者ヒロイン
「やっぱり、自分の手で死ななきゃだめだよな」

自殺する、だと?

@勇者ヒロイン
「前回は失敗したが、もう一回首吊りでも試してみるか」

1人で納得した風に言い、勇者はどこからか縄を取り出しているが……。

あれで死ぬつもりなのだろうか。

……本当に?

……。

そういえば、そもそもこの勇者は我に殺されたがっていた。

何度も死にたいと繰り返すような、変わり者だった。

という事は……死ぬのか?

我が手を下さずとも、この勇者は勝手に死ぬのか。

ならば、都合が良い。

このまま、勇者が死ぬ様でも眺めているか。

@勇者ヒロイン
「よし。準備オッケーっと」

このまま眺めて……。

@勇者ヒロイン
「縄は切れないし解けない。吊るす場所もばっちりだ」

このまま……勇者が死……。

……。

……む?

待て。何か、嫌な予感がするぞ。

そもそも、我はこの勇者がいるからこそ、異界にやってきた。目印は、この勇者だった。

これまでの経験によると、我がハエレティクス・ゲートによって通じた存在が死亡した場合、異世界への扉は緩やかに閉ざされる。

つまり、この勇者が死んだあと、扉が完全に閉まる前に我は元の世界に戻らねばならぬ。

だが……。

@主人公
「ぬ、ぅ……」

今、扉はすでに小さくなっている。我や魔物が通るほどの隙間はなく、そんな状況で勇者が死んだとしたら――。

@主人公
「やめるのだ、勇者よ!」

ダメだ、と思った衝撃のままに勇者の体に飛びついた。

しかしその瞬間、全身に痛みが走る。

@主人公
「グ、ウゥッ!」

どうやら、この勇者に触れるだけで魔力が奪われてしまうらしい。

触れ合ったその場所が、ぐずぐずに溶けていくような強い痛みとしびれを感じる。

だが、この手を離すわけにはいかぬ。

@主人公
「グ、ゥ……や、めるのだ勇者よ……っ。自殺、など……するな!」

@勇者ヒロイン
「……急に、なんだよ? お前はボクを殺したいんじゃなかったのか?」

@主人公
「それはそうだ、が……今、貴様に死なれてしまっては、困る、のだ」

@勇者ヒロイン
「ボクの脳内の存在のくせに、お説教か?」

@勇者ヒロイン
「あぁ、これが良心ってやつ?」

@勇者ヒロイン
「深層心理では、死ぬのはいけない事だからやっちゃいけない、とでも思ってるのかな?」

@勇者ヒロイン
「っはは。ボクにもまだ、そんな心が残っていたなんてびっくりだ」

@主人公
「貴様が勝手に死ぬのは構わぬ。だが……っ、我を、巻き込むな!」

@勇者ヒロイン
「巻き込む?」

@主人公
「貴様が死んだらっ……我も、死ぬ」

@勇者ヒロイン
「あー……まぁ、そっか。ボクが死んだら、脳内のお前も死ぬよな」

@勇者ヒロイン
「脳内魔王と心中。そう考えると、ちょっと面白いかもな」

@主人公
「否。そういう事ではない。我は肉体的には死なぬ」

@主人公
「ただ、お前が死ぬと我は魔界に帰る方法がなくなるのだ」

@主人公
「魔界に帰れぬ我など、死んだも同然だ」

@勇者ヒロイン
「へー。大変だなぁ」

@主人公
「貴様、ことの重大さがわかっておらぬのか!?」

@主人公
「魔界には、我の帰りを待つ魔物たちがたくさんいるのだぞ」

@勇者ヒロイン
「はいはい。お涙頂戴の設定だな」

@勇者ヒロイン
「そんな設定出されようと、ボクは死にたい時に死」

@主人公
「まて! 頼む……っ、待ってくれ!」

@勇者ヒロイン
「いや、だからボクは……」

@勇者ヒロイン
「ってお前……まさか、泣いているのか?」

@主人公
「泣いては、いけぬのか?」

@勇者ヒロイン
「いけないというか……本当になんなんだよこの設定。泣き虫魔王なんて、ボクの趣味とは思えないんだけど……」

@主人公
「貴様の趣味など知るか。我は、悲しい。否。恐ろしいのだ」

@主人公
「もしも……もし、ここで貴様が死んだら……もう会えないのだぞ!」

口にした瞬間、あらためてその事を実感し、涙がこぼれおちた。

この勇者が今死んでしまったら、我が愛する魔物たちとは永遠の別れになってしまう。

そんな未来を想像しただけで、胸が苦しくなる。

@主人公
「言葉をかわす事ができぬ。触れ合う事ができぬ。共に気持ちを共有する事ができぬ」

@主人公
「その姿を目にする事すら、できぬなど……っ」

@主人公
「そんなのは、嫌なのだ!」

@勇者ヒロイン
「ふーん。まぁ、何を言われようとボクは……って」

@人間
「……っ」

勇者の動きが止まった。かと思うと、その視線の先にはまた別の人間がいた。

見たところ、貧弱だが……。

@勇者ヒロイン
「……あ」

@人間
「あなた、まさかまた……」

@勇者ヒロイン
「……」

@人間
「……っ。お父さん! お父さん、起きて! あの子が……あの子がまた、自殺を……っ」

@勇者ヒロイン
「……」

@勇者ヒロイン
「見つかった、か」

@主人公
「今のはなんだ? あれも勇者なのか?」

@勇者ヒロイン
「……あれは勇者じゃないよ。ボクのお母さん」
@[rp]
@勇者ヒロイン
「あーあ。最近は、うまくやっていたのになぁ」

@主人公
「なんだ? 自殺を思いとどまったのか?」

@勇者ヒロイン
「そりゃあね。お母さんに見つかった状態でやっても絶対失敗するから。今は諦める」

@主人公
「そうか……」

詳しくはわからぬが、とりあえず、今は心配する必要がなくなったらしい。

だが、安堵の息を吐くにはまだ早いだろう。

@主人公
「今は、と言ったな。……では、いずれまた自殺をするつもりなのか?」

@勇者ヒロイン
「ま、隙をみてってところかな」

という事は、また近いうちに我は同じ焦りを感じる事になるだろう。

この際、勇者を殺すのは後回しだ。放置しておいても死ぬのならば、そんな事はどうでもよい。

今我がするべき事は、ただ一つ。

@主人公
「……魔物よ」

@魔物Lv300
「グルル?」

@主人公
「絶対に、我らが城へ帰ろう」

@魔物Lv300
「グギャア!」

そうだ。

我らは――勇者が自殺を成功させるより先に、魔界に帰ってみせる。


<ここから第二章>

;▲ヒロイン自室

@主人公
「ううむ。小さいな」

@魔物Lv300
「ギャウ……」

我と魔物は鏡の前に立ち、うなる。

勇者の自殺を止めてから数分。

魔界に戻るとは言ったものの、その方法がまるで検討もつかないため、まずは情報収集だと室内の探索をはじめたのだが……。

まさか、動き始めてすぐに強い脱力感を覚える事になるとは思わなかった。

@主人公
「……歩幅が狭いな」

@魔物Lv300
「ギャウギャウ」

なんだ、この大きさは。勇者の頭部ほどの大きさしかないではないか。

あまりにも小さくよわそうな我の姿を目にして、情けなさに涙が出そうだ。

魔王としての威厳も何もない。何たることか。

しかもこの世界にいる我は、魔力によって精神だけを固めたようなもの。

よって、魔力を消費すると――魔法を使うと、その分体が縮んでいくのだろう。

これでは、うかつに魔法を使用するわけにいかぬ。

くっ。魔法が使えない我では、野ウサギにさえ負けるかもしれぬ。

……だが、嘆いていても仕方がない。次の確認だ。
だが、いつまでも嘆いていても仕方がなかろう。次の確認だ。

@主人公
「よし、魔物よ。これを動かしてみるぞ」

@勇者ヒロイン
「グルル……」

床に落ちていた紙のようなものに手を触れ、持ち上げ……。

……。

@主人公
「ぐ、ぬぅううう……」

…… く。無理なようだ。重すぎる。

この世界にいる我は、魔力によって精神だけを固めたようなもの。

それなのに魔力が大分削りとられてしまったため、まったく力がないようだ。

ものには触れる事ができるというのに、ほんのわずかに動かすことさえできぬとは。厄介だ。

@主人公
「ううむ……」

これでは、部屋の探索も満足にできぬ。さてどうするかと考え始めた時、

@主人公
「ぐああっ!」

何か強い衝撃が全身を襲った。

というよりもこれは……

@主人公
「何をするのだ、勇者よ」

@勇者ヒロイン
「……」

@主人公
「勇者よ。勇者ヒロインよ」

@勇者ヒロイン
「……」

@主人公
「応えよ、勇者よ!」

@勇者 ヒロイン
「……なんだよ」

@主人公
「今、我をけっただろう!」

@勇者ヒロイン
「はぁ。……さっきからうるさいなぁ、この脳内魔王」

@勇者ヒロイン
「こんな幻覚、さっさと消えてほしいんだけど……」

@主人公
「……貴様、まだ我を幻だなどと思っているのか」

@勇者ヒロイン
「幻覚だろ」

@勇者ヒロイン
「お母さんにはお前が見えていなかった。ボクにだけ見える」

@勇者ヒロイン
「そういう幻なんだろ」

@主人公
「あの人間は恐怖のあまり、この魔王を直視できなかったのだろう」

@勇者ヒロイン
「はぁ」

@主人公
「その証拠に、あの人間はすぐに部屋を出て逃げていったではないか」

@勇者ヒロイン
「……あれはただ、お父さんのところに行っただけさ」

@主人公
「おとうさん?」

@主人公
「なんだそれは。わからぬ」

@勇者ヒロイン
「お父さんはお父さんさ。お母さんの話し相手だからきっと、」

@勇者ヒロイン
「『ねぇあなた。どうしましょう。あの子がまた自殺しようとしていたわ』」

@勇者ヒロイン
「『最近は落ち着いたと思っていたのに。私、もうどうしたら良いのかわからないわ』」

@勇者ヒロイン
「と。そんな感じに話しているだろうな」

……ふむ。やはりよくわからぬ。

とりあえず理解できるのは、勇者ヒロインはあの人間を苦手としている、という事ぐらいか。

@主人公
「勇者よ。先程の人間はお前の敵か?」

@勇者ヒロイン
「ああ。敵だ」

@勇者ヒロイン
「それも、仲間のフリをして騙してくるからタチが悪い」

@主人公
「先ほどは何もせずに立ち去ったようだが、襲ってくる事もあるのか?」

@勇者ヒロイン
「襲う……と言っていいのかはわからないが、傷付けられる事はあるな」

@主人公
「どんな攻撃をしてくるのだ」

@勇者ヒロイン
「口を使って」

@勇者ヒロイン
「肉体的には生かしたまま、ボクの心だけを殺そうとしてくるんだ。……最悪だよ」

@主人公
「なんと。恐ろしい魔法の使い手なのだな」

心を殺す魔法は我が魔界にはなかったが、この口ぶりだと、ここでは一般的なものなのだろう。

この勇者といい、この世界の人間は見た目で判断してはならぬらしい。

@主人公
「ならば、注意せねばならぬな」

@主人公
「貴様の敵という事は、我の敵でもあるのだからな」

@勇者ヒロイン
「……そうなるのか?」

@主人公
「我は、魔界に戻るまでは貴様に死なれるわけにはいかぬ」

@主人公
「よって、魔界への帰還方法がわかるまでは貴様を守る事にした」

@主人公
「不本意ではあるが、な」

@魔物Lv300
「ギャウ!」

@勇者ヒロイン
「ふーん。……ま、ボクの幻ならそんなもんか」

相変わらず、この勇者は我を幻扱いか。

まぁ、いい。それはそれで利用しやすいというものだろう。

@勇者ヒロイン
「まぁ、そういうのは勝手にしてくれ。ボクはこれ以上、幻の相手なんてしている気分じゃないから……」

@主人公
「何をするつもりだ?」

@勇者ヒロイン
「寝る」

@主人公
「なに? だが、今は光がさしているのだぞ」

@勇者ヒロイン
「それが?」

@主人公
「今は朝だろう?」

@勇者ヒロイン
「あぁ。朝だから寝るんじゃないか」

@主人公
「否。我の集めた情報によると、人間とは朝に起きるもののはずだ」

@勇者ヒロイン
「それならボクは人間じゃなくていい。じゃ、おやすみ」

@主人公
「待て。まだ、貴様には聞きたいことが……」

@勇者ヒロイン
「だったら、頑張って起こしてくれ」

@勇者ヒロイン
「まぁ、見たところ力がないみたいだから無理な話だろうけどな」

@主人公
「ぐ、ぬぅ……」

言いながら、勇者は頭から布をかぶってしまった。

これでは我の声は遮られてしまううえ、勇者に触れる事もかなわぬ。

試しに布を掴んでみたが、やはり持ち上げる事さえできなかった。

@主人公
「こうなれば……魔物よ。我と共に、勇者の上を飛び跳ねるのだ」

@魔物Lv300
「ギャウ!」

@主人公
「こう、してっ! 上、で、跳ねられっ、れ、ば」

@主人公
「勇者、もっ。寝る事など、できぬ、はずっ、だ!」

@魔物Lv300
「ギャウギャウ!」

@勇者ヒロイン
「う……」

@主人公
「見ろっ、魔物、よ! 勇者が、呻き声あげ、て、いるぞっ!」

いい傾向だ。この調子で……。

@勇者ヒロイン
「うーん。もうお腹いっぱい……」

……。

……この呑気な声は……。

ね、寝言ではないか……!?

@主人公
「まさか、この短時間でもう寝たというのか?」

@主人公
「しかも、この魔王が上で飛び跳ねているというのに、無視をしただと?」

@主人公
「……なんという勇者だ」

@主人公
「……否。我の力が、それほど小さくなったという証、か」

@主人公
「この様子では、今の我らにはたいした重さもないのだろうな」

我はため息を吐く。

@主人公
「仕方ない。勇者は放置して、外を探索するぞ」

@魔物Lv300
「ギャウ!」

@主人公
「この部屋の扉は……そこか。ふむ。では、早速開けて……」

……。

@主人公
「ぐ、ううう……今の我では、開けられぬではないか!」

@主人公
「この我が……。世界を恐怖させる魔王が……扉1つ開ける事ができぬだと……?」

@魔物Lv300
「ギャウギャウ」

@主人公
「……ふむ。そうだな。気を取り直して、室内から調べる事とするか」

@魔物Lv300
「ギャウ!」

@主人公
「ならば、まずは目に付くものを……」

……。

@主人公
「魔物よ。そこに、平べったいものがあるだろう

@主人公
「お前には、これが何に見える」

@魔物Lv300
「グルル……ぎゃーう?」

@主人公
「ああ、わからぬか。まぁ、そうだろうな」

@主人公
「……我もわからぬ」

@主人公
「……なんだ、これは」

だめだ。改めて室内を見回して、我は気付いてしまった。

この世界は、今まで目にしてきた異世界の中でも特に異色だ。

見慣れない物が多すぎて、どれがどういった用途で使われるものなのか検討もつかぬ。

@主人公
「この、緑の液体はなんなのだ。毒か。それとも回復薬か。わからぬ」

@主人公
「このポテトチップスというものはなんだ」

@主人公
「袋の表記からすると食べ物のようだが、この世界の人間は葉を主食としているのか?」

わからぬ。

@主人公
「この枕はなんだ! 妙にふかふかしているではないか」

@主人公
「一体、中身はなんだ。この弾力感からすると、内臓でも入っているのか?」

わからぬ。

@主人公
「棚に入った書物も、開くことができなければ読めないではないか」

わからぬ。

どれもこれも、見ただけではわから――。

@魔物Lv300
「ギャウッ!?」

@主人公
「どうした、魔物よ。何かあったのか?」

@魔物Lv300
「ぎゃうぅ……」

@主人公
「あぁ、さっきの平べったいものか。それが一体……っ」

@主人公
「なんだ、これは……人間が映っているではないか!」

@人間
『次のニュースです。本日、市内では町おこしのイベントが開かれ……』

まさか、これは我のハエレティクス・ゲートのように異界を繋ぐものか……?

それとも、もっと別の効力をもった魔法によるものだろうか。

@主人公
「考えられるものからすると、この物質の中に人間を閉じ込める魔法か、遠く離れた場所と会話を可能にする魔法といったところか」

@人間
『続いて案内して下さるのは、つい数日前に奇跡的な回復を見せたあの人です。田中さーん、どうぞー!』

@主人公
「魔物よ。どうしたら、この人間が現れたのだ?」

@魔物Lv300
「ギャウ」

@主人公
「ふむ。この表面に触れたら、作動したのだな」

魔力に反応して作動したのか、それとも触れるという動作がキッカケか。

やはり詳しくはわからぬが、この人間から情報を探ってみるか。

@主人公
「……貴様、何者だ」

@人間
『はーい、田中です!』

@主人公
「そうか、田中か。我は魔王主人公だ。早速だが質問に答えてもら」

@人間
『田中さん。大変危険な状態だったようですが、こんなに早く復帰してお体の方は大丈夫なんですか?』

@人間
『ええ。それがもう、嘘のようにピンピンしてますよ。はははは!』

@主人公
「なっ……! 貴様ら、我を無視して話を進める気か」

@人間
『ほら。この通り元気が有り余っていますので、走ってご案内しちゃいまーす!』

@主人公
「逃げる気か? 待て!」

@人間
『あ、待ってください田中さん! カメラマン置いていかないでくださいよー!』

@人間
『ハハハハハ』

@主人公
「……」

@主人公
「……ふむ」

@魔物Lv300
「ぎゃう?」

@主人公
「どうやら、これは一方的に別の場所を映し出す魔法のようだな」

@主人公
「この人間達には、こちらの声は届かぬようだ」

@主人公
「これでは、尋問は不可能、か」

@主人公
「……何もできぬのがもどかしいな」

@主人公
「我がこうしている間に、魔界ではどれほどの時間が過ぎている事か……」

@魔物Lv300
「ぎゃう……」

結局、この世界と我が魔界でどの程度、時の流れに違いがあるのかハッキリとはわかっていない。

だがこれまでの事からすると、魔界ではすでに数日は過ぎているだろう。

それを思うと、時間が惜しい。もっとこの世界を知り、魔界に戻る手立てを知りたい。

そのために、今できる最善の方法は、

@主人公
「……とりあえず、この人間達でも見ているか」

@魔物Lv300
「ぎゃう」
;▲

@主人公
「ぬぅぅ……。なんだこの人間達は……」

どこの宿に泊まると安いとか、どの食べ物が美味しいとか、そんな事しか話さぬではないか。

もっと魔力の得られる場所や、伝説の武器についての話をする者はいないのか。

無駄な情報ばかりが垂れ流されているではないか。

@主人公
「く。やはり、このような一方的なものでは駄目か」

@主人公
「こうなれば、今度こそ勇者を叩き起こして情報を……、む?」

なんだ。扉の向こうから、何者かの気配がする。

だが、足音はしない。静かに忍び寄ってきているようだ。

そのまま様子をみていると、扉が開いた。

@人間
「……お父さん。あの子、寝ているみたい」

@人間
「わかった。なら、そのまま運んでしまおう」

この人間は……先程、勇者が言っていた「おかあさん」と「おとうさん」か。

……まずいな。

@主人公
「起きろ、勇者。敵襲だ!」

@勇者ヒロイン
「……」

@主人公
「何をやっている。早く起きねば襲われるぞ!」

相変わらず、なんと寝汚い勇者だ。

我が声をかけているにも関わらず、勇者はまるで起きる様子がない。

それどころか、「おかあさん」と「おとうさん」に布をとられても、ぐっすりと眠っているではないか。

@人間
「お前は足の方を持ってくれ。起こさないように、そっとだぞ」

@人間
「わかったわ」

「おかあさん」と「おとうさん」の方も、我を眼中にもとめていない。

やはり、この者達にも我の姿は見えていないのか。

否。そんな事は今どうでもいい。とにかく勇者だ。

@主人公
「勇者! 勇者よ! 目覚めよ!」

@人間
「よし、いくぞ。せーのっ」

@主人公
「くっ。待て!」

@主人公
「待つのだ!」
;▲車の中

@勇者ヒロイン
「ん……」

@主人公
「……やっと起きたのか」

@勇者ヒロイン
「え? ここって……車の中? いつの間に……」

@主人公
「貴様が寝ている間に、だ」

@主人公
「まさか、運ばれている間ずっと眠り続けているとは思わなかった」

@主人公
「おかげで、我と魔物もこの中に入ることになってしまったではないか」

@魔物Lv300
「ギャウギャウ!」

@勇者ヒロイン
「お母さん。今……どこ、向かってるの?」

@人間
「病院よ」

@勇者ヒロイン
「……ふーん」

@人間
「勝手に運んでごめんなさいね」

@人間
「でも、あなたがぐっすり眠っているから、お母さん、起こすのが忍びなくって……」

@勇者ヒロイン
「そう。いいよ、別に」

@勇者ヒロイン
「どうせならもう少し寝てるから、ついたら起こして」

@主人公
「運ばれても目覚めぬだけでは飽きたらず、まだ寝るつもりか?」

@勇者ヒロイン
「……うわ。まだ7時間しか寝てなかったのか」

@主人公
「勇者よ。わかっているのか?」

@主人公
「貴様は、あの人間――敵によってこの奇妙な乗り物まで運ばれたのだぞ」

@主人公
「それでいて、更にびょういんとやらに連れて行かれようとしている。この展開はまずい」

@主人公
「……勇者」

@主人公
「勇者よ! 聞いているのか!?」

@勇者ヒロイン
「……あぁ、もう」

そこの人間たちには声が聞こえていないようだが、この勇者にはきちんと我の声が届いているはずだ。

そう思って何度も声をかけ続けると、勇者は先程部屋にあったものと似た平べったいものその2を取り出した。

そして、数秒後にそれが我の方へ向けられたかと思うと、

『うるさい。黙れ』

@主人公
「なっ……! 言うに事欠いて、黙れだと?」

『あー、わかったわかった。寝起きで頭に響くから、大声を出さないでほしいんだ』

『会話ならこれでしてやるから、落ち着いてくれ』

@主人公
「……声を出すとまずいのか?」

『おかあさん達にはお前の声なんて聞こえないんだから、変に思われるだろ』

@主人公
「変? 堂々と言えばいいではないか。『魔王と話をしている』とな」

@主人公
「この人間たちを、震え上がらせる事ができるかもしれんぞ」

『そんな話、信じるやつなんていないさ』

@主人公
「ふむ。それもそうか」

この人間たちからしてみれば、こんな近距離に魔王がいるなど、怖すぎて考えられぬだろう。

恐怖されすぎるというのも、時に困ったものだな。

@主人公
「我が抑止力にならぬというのなら、より、貴様の現状は悪いという事ではないか」

『現状? 悪い?』

@主人公
「びょういんとやらにも、敵がいるのではないか?」

『まぁ、敵だらけだな』

@主人公
「やはり!」

@主人公
「ならば、このまま大人しく運ばれるわけにはいかぬだろう」

@主人公
「早くその扉を開けて飛び出さぬか!」

『あー、走行中に扉を開けて飛び出す、か』

『たしかに考えた事はあるけど、自殺方法としては確実性がないからなぁ。嫌だ』

@主人公
「自殺の話などしておらぬ」

@主人公
「いい加減、理解してもらわねば困る」

@主人公
「今は、貴様1人の体ではないのだぞ」

@主人公
「貴様があの人間たちによって殺されてしまえば、我は魔物に会えなくなるのだぞ」

『はいはい、わかったわかった』

『とにかく今は、大人しくついていくのが一番良いんだよ』

@主人公
「そういうものか?」

『そうそう。従順なフリをしておくのも必要なんだ』

『この世界での戦い方なら、ボクの方がよく知ってる』

『だから、お前もおとなしくしててくれ』

@主人公
「……わかった」

;▲車の中

@人間
「ついたわ。お母さんは受付を済ませてくるから、待っていてね」

@人間
「順番が来たら、呼びにくるわ」

@勇者ヒロイン
「……わかった」

@主人公
「ふむ。ようやく止まったようだな」

@主人公
「今ならば、敵はその『おとうさん』とかいう1人だぞ」

@主人公
「逃げるチャンスではないか」

@魔物Lv300
「ギャウギャウ!」

『だから、今は逃げなくていいんだって』

『病院は面倒だけど、そんなに恐れる事じゃない』

『どうせ、いつもみたいにカウンセリングを受けさせられるだけだ』

@主人公
「カウンセリング……?」

『カウンセラーって人に、人間関係とか生活上の悩みを聞いてもらって、心理学的な助言をもらう事』

『簡単にいえば、相談するって事』

相談……という事は、我が開いていた魔王会議のようなものだろうか。

@主人公
「ならば、早速この『おかあさん』と『おとうさん』という敵について相談するべきだ」

@主人公
「敵の弱点などを教えてくれるのだろう?」

『いや。それはない。カウンセラーも敵だからな』

@主人公
「なんと! 相談相手すらも、敵だというのか……」

『だから言っただろ。仲間のフリをしているからタチが悪い、って』

@主人公
「なるほど。ようやく理解したぞ」

@主人公
「つまり敵は、仲間を呼んだという事か」

あの「おかあさん」と「おとうさん」と仲間のフリをして、人を集める。

そうして、じわじわと勇者ヒロインを追い詰めていこうという作戦なのだろう。

だが、我がいる限りそんな事はさせぬ。

;▲

警戒心を高めてから数分後。

「おかあさん」と勇者と共に診察室へ入ったが……。

これが新たな敵、カウンセラーというものか。

@人間
「初めまして。私は担当の佐藤です。よろしくね」

@主人公
「そうか。我は魔王主人公だ」

@主人公
「そして、こちらは魔物だ」

@魔物Lv300
「ギャウ!」

@主人公
「どうせ我の声は聞こえていないのだろうが、言っておく」

@主人公
「勇者ヒロインを殺し、我と魔物との絆を断ち切ろうというのなら、容赦はせぬぞ」

@魔物Lv300
「グルル……」

@勇者ヒロイン
「……よろしくお願いします」

@人間
「それじゃあ早速だけど、いろいろとお話を聞かせてもらえるかな?」

@勇者ヒロイン
「いいえ。私から特に話すことはありません」

@主人公
「む?」

@勇者ヒロイン
「私の事は、母に訊いてください」

@主人公
「勇者ヒロインよ。どうしたのだ。いつもとまるで口調が違うではないか」

@主人公
「おかしくなったのか?」

@勇者ヒロイン
「……」

@人間
「……そう。では、お母さんの方からお話を聞かせていただいてよろしいですか?」

@人間
「はい。よろしくお願いします」

@主人公
「背中もそんなに丸めて、どういうつもりなのだ」

@主人公
「まるで覇気がないではないか。うつむいていては、この敵が襲いかかっても対処できぬぞ」

『これで、いいんだ』

@主人公
「なぜだ」

『この人の前にいるボクは勇者じゃない。ただの人間だから』

『ボクが勇者でいられるのは、1人の時だけだ』

『勇者だと名乗ると面倒な事になる。だから隠さないといけない』

@主人公
「……よくわからぬ」

勇者である事を隠すというのは、どういう事だ?

勇者と名乗れば、人間は盛大に歓迎してくれるはずだ。

……その歓迎が、逆にわずらわしいという事だろうか。

『わからないなら、それでいいさ』

『この惨めな気持ちを、脳内設定にわかってもらおうなんて思ってない』

@主人公
「そうか。それより、今そこの人間がふとうこう、とか言ったぞ」

@主人公
「それはなんだ?」

『学校に行くのを拒否する事』

@主人公
「学校とはなんだ?」

『たくさんの人間を、無理やり一箇所に押し込むためのもの』

@主人公
「おお。それなら知っているぞ」

@主人公
「我が魔界の人間たちも、同じような場所を用意していた」

@主人公
「あちらでは牢屋と呼ばれたそれは、ここでは学校というのだな」

『それは違……いや、違わないな。そうだ。学校は、牢屋みたいなものだ』

@主人公
「貴様はそこに行きたくないのか」

『ああ。あんな場所、大嫌いだ』

『人間がうじゃうじゃ動いてる。最悪なところさ』

『学校なんて、あるだけ無駄だ。誰も得しない』

@主人公
「そんな事はないだろう」

@主人公
「聞いた限りでは、我は魔物の餌場に最適だと思ったぞ」

『餌場、か。それは良い』

『魔物が来て、全部食べちゃえばスッキリするだろうな』

@主人公
「……という事らしいが、魔物よ。空腹か?」

@魔物Lv300
「ギャウウ」

魔物は首を横に振る。

@主人公
「そうか。ならば、まだ行くのはやめておこう」

@主人公
「腹が空いたら、すぐに言うのだぞ」

@魔物Lv300
「ギャウ!」

元気よく鳴いた魔物を撫でながら、我は再び人間の声に耳をかたむける。

@人間
「ほぼ不登校、という事は、完全に高校に行かないわけではないのですね?」

@人間
「えぇ。週に1度ほど、私がこの子を車にのせて連れていっているんです」

@人間
「そうして登校した際に、なにか問題は?」

@人間
「ありません。担任の先生からも、真面目に授業を受けていると聞いています」

@人間
「……お母さんはこう言っているけど、あなたとしてはどうかな? 何か、学校での悩み事はある?」

@勇者ヒロイン
「ありません」

@人間
「そうですか。わかりました」

@人間
「それで、本日来院の理由は、自殺願望があるためという事でしたが……」

@人間
「そうです! この子は今朝、また自殺しようとしていたんです!」

@人間
「落ち着いてください。……また、という事は、以前にもそのような事があったのですか?」

@人間
「えぇ。この子は過去に、何度も自殺未遂を繰り返しているんです」

@人間
「その度に様々な病院にいって、お薬を出してもらったりするのですが、根本的な解決には至らなくて……」

@人間
「それでも、最近は落ち着いてきたと思っていたのですが……」

@人間
「そうなんですね」

@人間
「これについては、本人の話を聞きたいんだけど……どういう心境なのかな?」

@人間
「どういう時に、自殺したくなっちゃうのかな?」

@勇者ヒロイン
「わかりません」

@人間
「わからない?」

@人間
「じゃあ……今朝は、どんな気分で自殺しそうになったのかな?」

@勇者ヒロイン
「普通です」

話を聞いている限りでは、この人間たちは我と同じように勇者の自殺を阻止しようとする良い者たちに思えるが……。

この会話すらも、勇者を騙すための罠という事か。なんと恐ろしい敵だ。

@勇者ヒロイン
「そもそも、私、今朝は自殺未遂なんてしていません」

@人間
「何言ってるの。あなた、今朝は縄を首にかけて……」

@勇者ヒロイン
「それ、お母さんの勘違いだよ」

@勇者ヒロイン
「ほら。首に跡だってついてないでしょ?」

@主人公
「うむ。我が素早く縄を燃やしたから、跡がつく暇もなかったな」

@勇者ヒロイン
「私はただ、あそこに立っていただけだよ」

『……嘘だ。ボクは、自殺しようとしていた』

@人間
「でも、その前にドサッという何かが落ちる音もして……」

@勇者ヒロイン
「それは、物を落としちゃっただけだよ」

@勇者ヒロイン
「お母さん、心配かけてごめんね」

@主人公
「ふむ……心にも思っていない事ばかりいうのだな」

@主人公
「このように嘘をつくのが、貴様の作戦なのか?」

『そうだ。おかあさんを油断させるために、嘘をついているんだ』

@勇者ヒロイン
「昔はいろいろあったけど、今の私はもう大丈夫。死にたいなんて思ってないよ」

@人間
「本当なの……?」

@勇者ヒロイン
「うん。信じてよ、お母さん」

@人間
「自殺未遂というのは勘違いだった、という事でよろしいのですか?」

@人間
「……え、えぇ」

@勇者ヒロイン
「はい。お騒がせしました」

@人間
「そうなると、不登校についての話を聞きたいんだけど……いいかな?」

@勇者ヒロイン
「そうですね。少し、お話を聞いてくれますか」

@主人公
「ふむ……」

また学校とやらの話にうつり、我にはわからない会話が続く。

一応聞いてはいるものの、たいして興味をひくような言葉はない。

なにより、勇者の言葉も表情も嘘だらけなのだから、信ぴょう性が薄い。

ただ、この様子ならば今すぐに勇者が殺される事はないだろう。

その事にだけは、安堵した。
;▲ヒロイン自室

@勇者ヒロイン
「あー、やっと帰って来れた」

@主人公
「ああ。無駄な時間を過ごしてしまったな」

@勇者ヒロイン
「本当だよ。どれだけ病院を転々としても、同じだな」

@勇者ヒロイン
「話したところで何かが変わるわけでもないんだから、無駄な事だ」

@主人公
「なにかアイテムを受け取っていたが、あれはなんだ?」

@勇者ヒロイン
「アイテム? ……あー、薬の事か」

@勇者ヒロイン
「あれは精神安定剤。飲むと、気分が落ち着いたり高揚したりする」

@勇者ヒロイン
「悩み事とか不安が消えて、スッキリする感じだな」

@主人公
「ほぅ。自らを鼓舞するアイテムなのだな」

@勇者ヒロイン
「でも、効果は一時的なうえ、眠くなりやすいから注意が必要だ」

@勇者ヒロイン
「……あぁ、そっか。一応、その薬も持っていくか」

@主人公
「持っていく?」

@主人公
「そういえば先程から動いているが、それはなんのつもりだ?」

@勇者ヒロイン
「家出の準備」

@勇者ヒロイン
「えーっと、簡単な食料に、お金に……」

@勇者ヒロイン
「携帯にはGPSついてるから、置いていかないとなぁ」

@主人公
「家を出る……そうか。ようやく、あの敵から逃げ出す事にしたのか」

@勇者ヒロイン
「あぁ。このままここにいると、面倒なんだ」

@勇者ヒロイン
「最近はうまく見つからずに自殺未遂してたっていうのに、今朝はうっかり見つかった」

@勇者ヒロイン
「お母さんはさっきの嘘を完全に信じたわけじゃないだろうからな。今後、行動が制限される可能性が高い」

@勇者ヒロイン
「だから、先手をうつ」

@主人公
「む? 待て。つまり、貴様がここから出るのは……」

@勇者ヒロイン
「決まってるだろ?」

@勇者ヒロイン
「ボクは、自殺を成功させるために家を出るのさ」

……な。

なんという事だ……。


 

ここで終わりです!!中途半端でごめんなさい(ここで、話し合った結果、この企画がボツになりました)
長い間お付き合いくださり、ありがとうございました。

最終的にはボツになってしまったこの「魔王&勇者モノ」
途中までは「一緒に行きましょう逝きましょう生きましょう」の第2弾として企画されていました。

・・・というより、正直に言いますと「いきましょう」の後の企画は実は沢山ありました。
しかし、そのほとんどがボツ!ボツ・・・とかなりの数がボツになっているのです。
(その内幾つかは過去にも紹介してきましたが)

企画担当の私としては、次から次へとボツ企画を量産した事になりますし、シナリオ担当からしても、書いてはボツ、書き直してもボツ。
次の企画もボツ。

という長い戦いの日々があったのです。
多分、企画だけだったら10タイトル分くらいはボツになってますね。(シナリオに入った企画は数タイトル、それ以外はシナリオに入る前にボツになってます)

ちなみにこの「勇者&魔王モノ」は、勇者と魔王の関係性でちょっと違ったものを描いてみたい。
こういうエンドを描いてみたいという「やりたい事」はあったんです。
「勇者魔王」というジャンルがそれなりに人気があったという理由もありますが。

プロットも最後まで出来ていましたし、3部構成でした。
どんでん返しもあり、終わり方も良いと思っていました。

しかし、シナリオ担当が途中で詰まっていたのです。
理由が「ヒロインがかわいくない」という事。

そして、どうにも盛り上がりに欠ける、会話が面白くない。
という事で、決まっていた道筋通りに話が進まず・・・結局ボツになったという事です。

ちなみに、プロットは公開しません。
理由として、プロットそのものは「もしかしたら、別の作品や、他のアイディアとくっついたら使えるかもしれない?」と思っているからです。
どんでん返しや終わり方に関しては気に入っている部分もありますので、いつか何らかの形で出せたら・・・。と思いますが、どうなることやら。

 

→次回からは「企画編」に戻ります。

 

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